*きみとぼく『alcohol addiction』*

 

 

 

××さんがさ、ときみは言う。

 

××さんはきみがパーソナリティを務めているラジオのプロデューサーで、きみが言うには、きみの才能を大いに買っている人だ。

 

「××さんが、明日の飲み会にお前も連れて来いって。ほら、定期的に集まってやってる飲み会あるじゃん?あれに」

 

「ああ」

 

あれね、と答えながら、ぼくは文庫本のページを一枚めくった。ほんとうはどれのことなのかさっぱり思い出せない。きみには、そういう集まりが多すぎる。

 

ミステリー小説のいいところは、叙情的な表現がすくないところ。

 

触れると切れそうにうすいグラスにそうっと口をつけて文字を追う。この嫌味な社長夫人は、きっとすぐに殺されると思っていたんだよな、と考えながら。

 

夕食は、とり肉と数種類の野菜をオーブンで焼いたものと、そうめんを茹でて食べた。

 

むし暑い部屋にはあらゆる種類の匂いが立ち込めているが、さっきからぼくは、その中でも一際強い熟れた果物みたいな甘い香りに包まれている。

 

ぼくらが飲んでいる食後酒の香りだ。

 

ひどく甘くて、そのうえとても強い酒なので、ぼくは飲むというより舐めるようにしている。

 

きみの好きなものは、たいていぼくの趣味に合わない。もちろんぼくには断る権利もあるけれど。

 

「来る?飲み会」

 

きみがソファにどさっと乱暴に身体を沈めたので、ぼくの身体もぼわんと揺れた。

 

「行かない」

 

と、ぼくが答えることを、きみが望んでいるってぼくは知っている。

 

「お前ほんっと社交性ないよなあ。大丈夫だって。××さんいい人だし、そんな派手な飲み会じゃないし」

 

ほら、きみは嬉しそうだ。

 

きみが社交性のないぼくを好きで、きみ以外とほとんど交流を持たないぼくを愛していることを、ぼくは嫌と言うほどわかっている。

 

きみは細い長い骨ばった指でぼくの髪をくるくると巻き取るようにもてあそぶ。子供みたいに柔らかいと言って。

 

行き止まりだ、とぼくは思う。

 

わかりすぎるし、好きすぎるし、”愛しあっていすぎる”。

 

ほんとうに美味しいものは食べすぎてはいけないのと同じように、ほんとうに好きならば行きすぎてはいけないのだ。

 

「ぼくら、やっぱり別れたほうがいいんじゃないかな」

 

ぼくはいつだって本気で、真摯な気持ちでその言葉を口にするのに、きみはちっとも気にせずに――それどころか可笑しいとでもいうように唇の端を上げて、

 

「なんで?」

 

と言う。

 

「だって、」

 

と、論じようとするぼくの唇は、当たり前みたいにきみの唇に塞がれる。

 

離れた一瞬の隙をついて、

 

「ぼくときみとじゃあ、」

 

と続けるが、また塞がれる。

 

甘く強い酒がきみを通じてぼくの中まで流れ込んでくるし、息継ぎもうまくできないしで、ぼくは結局どうでもよくなってしまう。

 

間違った人工呼吸みたいな色気のないキスが何度か続き、ぼくらはいつの間にか二人とも肩で息をしている。

 

そうして目が合うと、どちらからともなくくすくす笑い出す。

 

「”行かないで”って言えばいいんだよ、素直にさ」

 

きみがとんちんかんなことを言うので、ぼくは舐めていただけのアルコールですっかり酔っぱらったふうを装って、

 

「行かないで」

 

と言ってきみに抱きつく。

 

もちろん、きみが明日の夜は誰かとグラスを傾けているだろうということを、ぼくは知っているわけだけれど。

 

満足気に、きみは笑う。小さな蝶を捕まえた猫みたいに。

 

 

 

*fin*

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

阿賀直己 Twitter

↓↓↓↓↓↓