*きみとぼく『bathtub』*

 

 

 

暑い、暑い夏だった。きみとぼくが一緒に暮らしはじめて、初めてむかえた夏だった。

 

ぼろアパートのバスタブはふちのところが錆びていて、ぼくがそこを爪ではがしてしまうのを、きみはいつも咎めた。

 

バスタブを磨くのはきみの役目だ。

 

きみは麻のパンツを腰の骨が見えるところまで下げて穿き、上半身は何も身につけていなかった。パンツのすそはいつもまくり上げられていた。のぞくくるぶしは、歯を立てたらかりっと小気味良い音がしそう。

 

しろい背中はバスルームのちいさな窓から差し込む光に照らされて、眩しいくらいだった。

 

きいろのスポンジで泡だらけになったバスタブに、さあさあとシャワーを注ぐ。表面をすべりおちていく泡を眺めるきみを眺める。

 

出が悪かったシャワーヘッドを替えてくれたのは、ぼくが冬に風邪をひいたからだ。

 

あの日ぼくらはちいさなことで言い合いをして、おたがいにとても傷ついていたのだけれど、唇をむらさきにして震えるぼく――うんと寒い日だった。シャワーの湯はぬるく、しかもちょろちょろとしか出ないので、ぼくはボディーソープでからだをぬるぬるにさせたままバスタオルにくるまっていた――を見たきみが走って買いに行ったものがくすりでも食べものでもなくシャワーヘッドだったとき、ぼくはふたたび恋に落ちた。

 

「よし」

 

きれい好きのきみが満足そうに言い、ぼくはそれが、バスタブに湯をはる合図だと悟る。

 

蛇口をひねるのはぼくの役目だ。

 

どうどうと迸る湯の熱気でちいさなバスルームはたちまち――窓を開けているけれど、とてもちいさな窓なので、たちまち――もうもうと曇りだす。

 

きみはバスタブのふちに腰を掛ける。麻のパンツの尻が濡れてしまうが、そんなことは気にしない。すぐに乾くからだ。

 

「風呂に入ったら、そのあと、めし食いに出よう」

 

ほほ笑むとき、きみの顔には無数のしわが寄る。いっぽんいっぽん、指先でなぞりたいくらいにいとおしい。

 

ぼくはきみの笑顔に心臓を打ち抜かれる。ふしぎなことに、それは初めて身体を重ねたときの感覚と似ている。無防備なきみの笑顔は、たまらなくセクシーだ。

 

「ざるそばがいい」

 

ぼくは言う。

 

「またかよ」

 

きみは、ちょっとうんざりした顔をする。ぼくはでも、気にしない。

 

ざるそばに、ともすれば涙が出そうなくらいのわさびを入れるようになったのはきみの影響だ。夜中のアイスクリームが――きみはきまってバニラ――昼のそれよりも蠱惑的な味がするというのも、きみに出会って初めて知った。

 

バスルームには、アロマを置いている。ぼくの趣味だ。

 

きみはそれを、

 

「金持ちの家のトイレのにおい」

 

と言う。まったく、デリカシーもロマンもない。ぼくはおこってみせるが、きみはでも、気にしない。

 

きみとむかえる初めての夏。

 

ぼくらは、週に一度か二度は一緒に風呂に入って、週に三度かそれ以上、あまく激しいセックスをする。

 

セックスのあとは、べつべつにシャワーを浴びる。

 

きみの替えてくれたシャワーヘッドからは、今日もさあさあさあと湯が出ている。

 

 

 

*fin*

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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