*きみとぼく『ginger tea』*

 

 

 

「まったく、ぜんぶ、おなじならいいのに」

 

と、きみが言う。

 

ぼくは、――またか――と思いながら、「ぜんぶっていうのは?」と、ソファに座っているきみの背後にまわって訊ねる。

 

ぼくはそのときあたたかい紅茶(しょうがとはちみつを入れたもの)を飲んでいて、これはきみも好んで飲むものではあるのだけど、こういうときに「飲む?」などと訊いてはいけない。

 

きみは躁鬱の気があるので、いまみたいな、毛の逆立った野生の山ネコのようなとき、あたたかい飲みものなんかを差し出してはいけないのだ。ぼくはそれをよく知っている。

 

「ぜんぶったらぜんぶだよ。好きな食べものも、よく見るスポーツも、子どもの頃読んだ漫画も、ヤッたときにどこがいちばん感じるかも、どんな人間が嫌いかも」

 

ナイーブ、という言葉が、きみにはまったくよく似合う。

 

最後のひとことで、きみが仕事について苛立っているのだということがわかった。仕事について、つまりは仕事で出会ったひとについて。

 

信じ込みすぎるのだ。きみはいつでも、テリトリーに侵入することも、或いは侵入されることも恐れない。信じ込み、理解しようと努め、いつも傷つく。

 

冷めた気持ちのぼくが言う。――またか。諦めればいいのばいいのに。懲りないなあ――

 

そのいっぽうで、とてつもなく苦しく、辛く、愛しい気持ちで身体がきりきりする。――だれになにを言われた?ぼくが行って、とっちめてやる。きみを傷つけるなんて――

 

だけど結局、実際のぼくはそのどちらも口にはしない。喉に滑らせるにはまだ熱い紅茶に息をふきかけて、湯気で唇を湿らせるだけだ。

 

「……きのう、ぼくらは親子丼をたべたよね」

 

なんだ急に、という顔で――ほどんど不愉快だという顔で――きみが振り返る。

 

キャッツ・アイの放つ強い美しさに顔が熱くなるように感じた。ぼくは、ばかみたいにきみが好きだ。

 

「……おとといは、大根とぶた肉を煮詰めたのをたべたし、その前の晩は、近所のカレー屋さんでテイクアウトしたカレーをたべた。ぼくは野菜カレーできみはカツカレーだったけど、ルウはおなじだ」

 

だから?、というきみの顔は、困惑した子どものようだ。子どものようなのに、振り返った状態のときに浮き出る首の血管が色っぽい。

 

「だから、つまり、ぜんぶというのは無理かもしれないけれど、ほぼ、おなじだと思うんだ」

 

「……」

 

「それじゃあ、いけないかな」

 

ぼくにだってわかる。きみの求める”ぜんぶ”が、血管の本数、毛穴の数や場所、そういう”ぜんぶ”だということくらい。

 

ぼくはでも、そうでないきみが好きだ。と、口に出しはしないけれど。

 

光に弱い、透きとおる茶色のキャッツ・アイや、冬になるといっそう赤みを増す厚い唇や、夏でも白い肌や、無防備なナイーブさや限りなく優しくてそれゆえ狂暴なセックス。

 

どれもぼくとは似ても似つかない。

 

「……お前って、呆れるくらい単純だよな、ときどき」

 

きみが言う。きみは、ぼくが、きみの求める”ぜんぶ”を、ひとかけらも理解していないと思っているのだろう。

 

「それ、ちょうだい」

 

ぼくを見上げて、ねだるように口をあける。”それ”と言った視線の先には、あたたかい紅茶(しょうがとはちみつを入れたもの)があった。

 

マグカップを差し出すと、「ちがう」ときみが言う。わかっていたけれど、そうしてみたのだ。

 

やや冷めた――でも十分に熱い――それを口にふくんで、ぼくはきみにキスをする。

 

流し込むときに触れたきみの舌がとてもつめたい。

 

「……また、これでおなじになったな」

 

喉をならして、満足そうにきみが笑う。

 

ぼくとは違う、つめたい舌を持ったきみが、

 

ぼくは、でも、好きだ。

 

 

 

*fin*

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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