*きみとぼく『mother』*

 

 

 

基本的に、きみの行いは紳士的だ。

 

外出先ではドアを開けてくれる。車に乗り込めばぼくのシートベルトを締めてくれる。食事に行けば、「これ、エビとかカニ使ってる?」と給仕に訊いてくれる――ぼくは、ごく軽いアレルギーを持っている――。

 

解けてしまったぼくの靴ひもを結ぶために道端でひざまずいたときにはさすがに閉口して「ぼくはきみの子供じゃないんだ」と怒ったほどだ。

 

それからは「なあ、ひも」と言うだけになった。きみはいつもは強気なのに、ぼくが怒るとちょっとしゅんとする。

 

ぼくを抱くときだって、きみは紳士的だ。

 

酔っ払っていたってぼくを乱暴に扱うことはない。

 

セックスはたいてい激しいが、激しく”あまい”のだ。きみの腕の中で、ぼくは煮崩れたにんじんみたいになってしまう。

 

そんなきみが、ぼくをおもちゃみたいに扱うとき――それはきまって、ある人物から電話がかかってきたときだ。

うちの固定電話を鳴らすのは、まぬけなセールス――身体に良い水や、飲むと元気になるらしいカプセルを執拗に勧めてくる――とその人物だけだ。

 

ぼくらは個々に携帯電話を持っているので(きみの携帯電話は、いつもうるさい)ふだん、固定電話はとてもしずかにリビングの隅に鎮座している。

 

固定電話が鳴ったとき、きみはぼくの足の爪を切っていた。爪切りはきみの好きな作業だ。「お前の爪ってちっせえ」と言いながら、穏やかに笑っていた。

 

時刻は午後八時ちょうどだった。

 

きみは一瞬身体を硬くして、

 

「俺が出るわ」

 

と言って立ちあがった。

 

身体に良い水や元気になるカプセルを勧める電話でないことは、受話器を持ち上げたきみの第一声でわかった。

 

「――ああ。お母さん」

 

うん、とか、はい、とか答えるきみの声は、ぼくの爪を切っていたときと変わらず穏やかなのに、銀色の受話器を耳に当てている後ろ姿はひどく張りつめていた。

 

「うん。そっか。じゃあ、近いうちに取りに行くよ。――いや、送らなくていい。大丈夫。忙しくないよ」

 

きみのお母さんは料理上手だ。ぼくらのうちから車を三十分ほど走らせた”高級住宅街”に住んでいる。きみは月に一度か二度――多ければ三度――お母さんが作った佃煮や、ジャムや、わざわざ取り寄せたカステラなんかを貰いに行く。

 

「大丈夫。うまくやってるよ」

 

お母さんとの電話の最中、きみは何度も「大丈夫」を繰り返す。「うん。じゃあ明後日。――大丈夫だよ」何度目かになるその言葉で締めくくり、受話器をしずかに置いて、でも数秒間その場でじっとしている。

 

ぼくはきみが振り向くのを息をひそめて待っている。

 

振り向いたきみは、何とも表現しがたい顔をしている。怒っている。泣きそうになっている。嗤っている。呆れている。疲れている。欲情している。

 

その日は、そのままリビングでセックスをした。

 

ぼくはきみの白い長い指で身体を裏にされたり表にされたりしたが、きみがどんな表情をしていたかを見ることはできなかった。目隠しをされていたからだ。

 

いつも、きみが入ってくるときはつめたいジェルみたいなものを使うのだけど、こういうときはそれもない。こういうとき――お母さんに、”お伺い”を立てられたとき。

 

だからぼくは、結構痛い。いてててて、と心の中で思いながら「ああ」とか言っている。

 

次の次の日の夕食は、鱈の西京焼きだった。

 

「サイキョーミソも手作りなんだと」

 

紺色の漆塗りの箸で鱈をつつきながらきみが言う。簡単に作ったお吸い物に浮いている麩は「京都の有名なお麩屋さんから取り寄せたんだと」とのことだ。鮮やかな赤や緑の模様が入っている。

 

「おいしいよ」

 

ぼくは言う。

 

「きみのお母さんは、家庭的だな」

 

きみは聞こえていないみたいな顔をして、茶碗を傾けてむしゃむしゃしている。ぼくもそれ以上言うことが見つからず、甘い鱈を口に運んだ。

 

ぼくは、きみのお母さんに会ったことがない。これからも会うことはないだろう。きみを「自慢の息子」だと言うきみのお母さんに。

 

「明日は生姜焼きが食いたい」

 

行儀悪くご飯をかきこみながらきみは言う。

 

「お前の作ったのがいい」

 

ぼくは黙る。お前の料理は味が濃かったり薄かったり量が多すぎたりする、といつも文句を言うくせに。

 

でもいちおう「わかった」と答える。

 

「俺はお前がいい」

 

「わかったよ」

 

大丈夫だよ、とぼくは思う。でも口には出さずに、

 

「いっぱい作るよ」

 

とだけ、言う。

 

 

 

*fin*

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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