*きみとぼく『present』*

 

 

 

部屋のなかは温かく、適度に湿っている。

 

大きな加湿器がしゅうしゅうと音を立てる。加湿器は、喉のケアには細心の注意を払わなければならないきみが、電気店で悩みに悩んで購入したものだ。

 

次第にクリアになってくる視界に、むき出しのきみの肩がある。一定のリズムで上下するそれを、ぼくは数分間、息をひそめて見つめる。

 

きみの寝息はとてもちいさい。「ふ」と「す」の間くらいのちいさなそれを耳元に感じながら、ぼくはゆっくりと身体を起こした。

 

暖房を消してから数時間たった部屋の中は、狭くてもやはり冷えている。ぼくは床に散らばっている下着とセーターを手に取り、それを身に着けた。

 

セーターはきみからの贈りものだ。アンゴラの、うすいクリーム色のそれは、やわらかい素材のせいか肩や胸のラインをくっきりと浮かび上がらせる。

 

贈りものを身に着けていると、きみの機嫌は頗るいい。

 

ゆうべも、「あ。それ、着てんだ」と言って満足気にぼくを後ろから擁き、胸を撫で、首筋に唇を当てた。

 

夕食のあとだった。前の日の晩から仕込んでおいたおでんは、どの具材にもだしがたっぷりとしみこんでいて、とても美味しかった。

 

「片づけないと」

 

と、ぼくは言った。食卓には、具材の残った鍋や、からしのついた皿や、きみの飲みかけのワインが入ったグラスが出しっぱなしになっていた。

 

「あとでいいじゃん」

 

と、きみは言った。あとで?片づけるのは、きみではなく、ぼくなのに?

 

かぴかぴに乾いたからしのついた皿を洗うのも、残った具材とだしを別々のタッパーに分けて入れるのも、ぼくなのに。きみはまったく簡単なことのように、言う。

 

「片づけないと」

 

ふたたびぼくは言い、言葉とは裏腹に、瞼を閉じた。

 

きみの手つきはいやらしく、唇は、触れたものをすべて溶かしてしまうように熱かった。ぼくの身体は、つめたいきみの指先が、セーターのすそを捲って入ってくることを期待していた。ぼくではなく、あくまで、”ぼくの身体”は、だ。

 

ぼくと椅子の間に無理やりに身体をねじ込んで、包み込むようにぼくを擁くと、きみはまるでおもちゃを手にした子供のように、小さく無邪気な笑い声を零した。

 

つめたい指が忍び込む。おでんで満ち足りたぼくの腹部を撫でる。肉をつまもうとするので、手の甲をぺしんと叩くと、「イテ」と、きみはいたずらを咎められたような声を出す。

 

耳のうらに舌を這わせながら、乳暈を撫でる。堪らず息を漏らすと、爪で先端に触れられた。

 

逃げるように身体を捩るぼくを、きみの両腕が捉える。熱い唇で喉を挟まれ、ぼくの身体はあっけなく力をなくす。

 

食卓の灯りはオレンジ色だ。団欒の象徴のような光のもとで、ぼくはきみに跨る。セーターを着たまま、ジーンズと下着を中途半端に下ろして、揺さぶられ、汗を流す。

 

身体が後ろにそっくり返りそうになり、きみが慌ててぼくを引き戻す。くすくす笑って、「おでんの汁、かぶるつもりかよ」と、言う。

 

むろんぼくは答えられず、きみの胸に身体を預け、肩で息をし、赤ん坊のように、きみの耳や首や指を吸う。

 

「お前の身体が好きだ」

 

くたくたになったぼくの身体をベッドに横たえ、靴下や、ジーンズや、下着を脱がしながら、きみがしずかに言った。

 

ふくらはぎを撫でて、「ここも」と言い、膝を撫でて、内腿を撫でて、硬くなったそこを撫でて、「ここも」と、言い、「腹も、胸も」と、言い、そのすべてに唇を当ててゆく。

 

ぼくは、ぼくの身体なんか、ちっとも好きじゃないので、そんなふうに言われても、恥ずかしいし戸惑う。

 

「乗っかって」

 

と、きみが言うので、ぼくはよろよろと身体を起こし、ふたたびきみに跨る。

 

オレンジ色の灯りに照らされた、きみの白い肌に、汗の粒が落ちる。

 

きみがあんまり器用に、ぼくの下で身体を動かすので、ぼくは何度も、何度でも、宇宙の果てを見てしまう。

 

「俺を好き?」

 

訊ねられ、ぼくは首を横に振る。好きじゃない、好きじゃない、好きじゃない……好きじゃない……。

 

好きすぎて、頭がおかしくなりそうだ。

 

 

 

すっかり冷えたおでんの具をタッパーに入れ、鍋と皿を洗い終え、温かい紅茶を入れたところで、やっときみが起きてくる。

 

素っ裸で、「さむい」と言っているので、呆れつつも服を放り投げた。

 

「お前、そのセーター、やっぱり似合うね」

 

「……そう?」

 

ぼくは、このセーターが、あんまり好きじゃない。胸や肩や腰にぴったりしすぎるし、そのくせ首のあきが広くてすうすうする。

 

「うん。似合うよ」

 

きみが笑う。

 

ぼくは、このセーターが、あんまり好きじゃない。否、ぜんぜん、好きじゃない。

 

 

 

*fin*

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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