*きみとぼく『work』*

 

 

 

ぼくは、まちの役場に勤めている。

 

仕事は月曜日から金曜日の週五日間、時間は朝の八時半から夕方の五時半までだ。

 

ぼくが仕事に行くためにネクタイを締めていると、きみはひどくだらしないかっこう――冬ならば首ののびたTシャツとジャージーのずぼん。夏はコットンのボクサーパンツ一枚――で大あくびをしながら起きてくる。

 

「おはよ」

 

鏡越しにきみが言い、ぼくは視線を合わせこそするが、ふん、と顔を背ける。

 

過不足なく筋肉のついたしろい身体は、人工的なひかりの中ですこし浮いて見える。

 

「まだぶすくれてんのかよ」

 

「ぶすくれてなんかいない」

 

ぼくはうすいブルーのネクタイをきゅっと整えて、後ろからぼくを抱きしめて宥めようとするきみの腕をうまくかわす。

 

「はやく支度しろよ。ぼくはもう行くから」

 

ふん、ふん、と顔を背けて、鼻先を高くして、ぼくは言う。きみは肩をちょっと持ち上げて、「仕方ないな」というゼスチャーをする。

 

「はやく帰ってこいよ」

 

あきれた!とぼくは思う。ぼくの帰宅時間は五時四十五分から五十分だ。マートに寄って買い物をしたって、せいぜい六時十分になるだろうか。

 

きみとは違うんだ、という視線で睨んだが、きみはにやにや笑っている。――二週間に一度は”ごぜんさま”になるきみとは違うんだ――。

 

「いいネクタイしてんじゃん」

 

玄関のドアを開けた瞬間に言われて、無視して閉めた瞬間に気づいた。このネクタイは、きみが、出会ったばかりのころにプレゼントしてくれたものだ。

 

「……ちくしょう」

 

ぼくは呟いて歩き出した。ちくしょう。ちくしょう。

 

 


休憩時間は昼のきっかり十二時から一時間。でも、ちょと”ベテラン”になってくれば、”きっかり”十二時から”なんとなく”一時五分くらいまで休んでいてもいいらしい。

 

役場の敷地内のちいさな公園(老人がかならず二組は居る)のベンチで、ぼくは昼ご飯を広げる。

 

昼ご飯は、アパートから役場までの間にある、ふるいパン屋で買うことにしている。種類はすごくすくないので、ぼくはほぼ毎日、チーズとハムのサンドウィッチを食べている。ときどきはあんぱんを買うこともある。

 

ブリックパックのカフェオレのとなりに置いている小型ラジオからは、ごく絞ったヴォリュームで音楽が流れている。

 

『こんにちは。月曜日の午後、みなさんいかがお過ごしですか?ちょうどお昼を食べている方も多いのかな』

 

付け合せのオリーブのピクルスを噛みながら、「そうだよ」とぼくは答えた。もちろん、心の中で。

 

『月曜日が仕事始めの方にはすこし憂鬱ですよね。ああ、今日からまた一週間……って。僕も昨日の日曜日は珍しくお休みでした』

 

知ってるよ。

 

ぼくは心の中で思う。

 

ラジオDJ――イベントの司会なんかもする――を生業とするきみが、土曜日や日曜日に休みを取れることは滅多になくて、だから一緒に出掛けようって、ずっと、ずっと前から約束していたんじゃないか。

 

夏だから海が良いなって言ったのはきみのほうだったじゃないか。

 

それが、なんだよ。”仕事関係の飲み会”って、なんだよ。

 

『と言っても、結局職場のみんなと昼から飲んじゃいました。色気のない過ごしかただったなあ』

 

なるべく早く帰るから、なんて、守れもしない約束をしてさ。

 

『……次の休みには、かならず海に行こうね』

 

とつぜんの、囁くようなきみの声に、ぼくはサンドウィッチを落としそうになる。「わっ」とちいさく声をあげるぼくを、近くのベンチに座っていたおじいさんがちらりと見た。

 

『――それじゃあ、一足早いバカンス気分で、”ザ・ビーチ・ボーイズ””Surfin’U.S.A”』

 

軽快なギターのサウンドから曲が始まる。ぼくは恨めしい気持ちになってラジオをいちど消してみるが、すぐに心細くなってもういちどつけなおす。

 

Inside outside USA……というコーラスを聴きながら「なんだよ」とぼくは呟く。

 

「なんだよ。サーフィンなんか、出来もしないくせに」

 

きみってひとは、ほんとうに、あきれるな。

 

公私混同って言葉、帰ったら教えてやらなくちゃ。

 

残りのサンドウィッチを口に詰め込んで、それをカフェオレで流し込んだ。

 

 

 

*fin*

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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