*はじまりのテーブル1*

 

 

 

母が出て行ったのは小学校一年生になったばかりのときだった。
記憶の片隅で桜が散っていたのは、でもちょっとドラマティックに改ざんされていると自分自身思う。だって家の近くに桜の木はなかったから。
父と母は物心ついた頃から冷戦状態にあったので、いずれこういうことが起こるかもしれないと思わないわけではなかったけれど、まさかピッカピカの一年生の俺を置いていくとは思っていなかった。
もうちょっとくらい遅くてもよかったんじゃないの、と、未だにちょっと思う。
恨みはしないけれど。

 

父は飲食店を経営していた。昼間は食堂で夜は飲み屋という、商店街のはずれにある小さな店だった。
悪い人ではなかったが昔気質の職人でなにかと融通がきかないタイプだった。朝から晩まで働いていて家にはほとんどいなかったし、帰ってきても客の付き合いで酒を飲んでいるせいかいつもすぐに眠ってしまった。
駄々をこねると容赦なく叩かれたけれど、べつに虐待とかじゃない。そういう人だったし、そういう時代だったんだ。と、思う。
しかし子供心に、同級生たちの家では食卓に並ぶという、ハンバーグが羨ましかった。コーンスープが飲んでみたかった。酒のにおいのしない家っていうのはどんなものかなと想像もした。もっと言えば、お母さんってどういう人なのかなとも。
まあでも、魚のあら汁だって悪くないよね。
賞味期限の切れたマグロの赤身のステーキ風とかさ。
菜の花のおひたしなんて季節感があっていいじゃない。
作ってくれたのが、たとえ父の後輩を名乗るおじさんだったとしても。

 

色々と思うことはあるにせよ、不幸だとは感じない。
親を理由に不幸ぶるのって単純かつ道理が通っている感じがするけれど、そういうのが世間様に通用するのも二十歳になるまでじゃないかと思う。
優しい女の子に一時的に同情してもらうことくらいはできるかもしれないが、世の中にはもっと不幸な人がごまんといるのだ、と、自分も知るようになるし世間はもっと知っている。ひねくれていてもいいことはない。

 

さあ、ごはんを食べて、生きていかなくちゃ。
今日も明日も明後日も、
ラララ地球は回るのだから。

 

 

 

「あたしねえ、ちょっと、かくまってあげたい子がいるのよねえ。でも、ホラ、あたしンとこも、ダンナがいるじゃない?だから、へーちゃん、あんたンとこダメかしらねえ。お願いよ」

 

と、犀子さんは言った。
インターフォンの音で叩き起こされた、夏の初めの生ぬるい深夜三時。半分くらいしか開かない目をごしごし擦りながらチェーンを外して鍵を回すと、自動ドアだったかしら、と思う勢いでドアがばんと開いた。
どうやらお店を抜けてきたらしく、真っ赤なドレスに真っ赤なハイヒールにゴージャスな巻き髪姿の犀子さんは、「急いでるの。下にタクシー待たせてるのよ」と息を切らしている。
犀子さんは俺の母親代わりの人だ。父親代わりとも言えなくはないが、言うと怒るので言わない。
いまの仕事にありつけたのもこの人の人脈あってのことだし、魚のあら汁やマグロのステーキや菜の花のおひたしの恩を忘れるわけにはいかない。
最初に出会った頃はスーツを着て印刷会社の営業マンをしていたのに、いつのまにかその仕事を辞めて俺の父の店を手伝うようになり、一緒に暮らすようになり、父が死んだ後はてきぱきと女性になってしまった犀子さん。本名は利夫さんだが、それを言うと怒って二週間は口をきいてくれなくなる。へそを曲げるとほんとうに女性のようだ。
つまり犀子さんが「お願い」と言えば、俺は降参を示す兵士のように両手を上げて無防備にOKと答えるしかないのだ。
それに、ダメかしらねえって口では言うけれど、俺が「えーっと」と言っている間に犀子さんはハイヒールを脱いで部屋にどんどん入って行っていた。
世帯主である俺を無視して、「ホラ、座りなさいよ」と、連れてきた青年に促している。
そう、”かくまってあげたい子”張本人を、もう連れてきているのだ。この状況でどうして「ダメです」と答えられたりするだろう。

 

「へーちゃん、この子ね、ちょっとばかし怪我してるんだけど、後のことお願いできるかしらね」

 

「はあ。ちょっとばかしと言うか、結構怪我しているように見えるけど……。病院には、」

 

「もちろん無理よお病院なんて。保険証ないもの。ねえ?」

 

語尾の問いかけは青年に向けられたものだった。置物のようにソファに座らされていた青年はこくりと無言で頷いた。
物静かなようすだったし色白でひょろっと細い。その特徴だけならば害のない若者と言える。
けれど、彼は真っ赤な髪をしていたし、ノックアウトされたボクサーのように顔にも身体にもできたてほやほやの痣があり、着ていた洋服は血で汚れ、ところどころがナイフのような鋭利なもので引き裂かれていた。酔っ払いにからまれたというには物騒な状態だったので戸惑ったが、さまざまな理由から断わるという選択肢は俺にはなかった。できることなら断りたかったけれど、できないことを考えるのは不毛だ。

 

「ああ、やだやだ、もう戻らなくちゃ。今日なんでか知らないけどお店混んでるのよーう。お願いね、へーちゃん。また連絡するわ」

 

ストッキングの足で滑るように廊下を駆け抜け、ハイヒールを履いて犀子さんはばたんとドアを閉めた。玄関に、彼女のつけている甘い香水の香りがかすかに残った。
あらまあ。どうしたことでしょうか……と、途方に暮れる気持ちがないわけではなかったが、一人ツッコミを入れて呆けているのも時間の無駄なので、俺はとりあえず洗面器にたっぷりのぬるま湯と数枚の清潔なタオルを用意して青年がかけているソファのそばに座った。

 

「……すみません」

 

というのが彼の第一声で、掠れた声はか細かった。久しぶりに声帯を動かしてみました、という感じだ。

 

「いやー。いいよいいよ。犀子さんが夜中に押しかけてくるのは初めてじゃないしね」

 

「あの、俺、帰ります。もう、平気ですから」

 

ぬらり、と青年は立ち上がった。ずっと項垂れて顔を伏せているので、目の前が髪の赤と血の赤でちかちかする。

 

「帰りますって言ったって、帰るところないんでしょう。だから犀子さんが俺のとこに連れてきたんじゃないの」

 

「……でも、」

 

「行くところあるの?そんな格好じゃ、ふつうのホテルどころかラブホでも泊めてもらえないと思うよ?駅前とかで寝てたらたぶん職質されるだろうし、公園には先客がいるし、住宅街をほっつき歩いてたら通報されるよ」

 

ぐうの音も出ないように青年は黙った。俺はぬるま湯でタオルを濡らしながら、なんだか自分が犀子さんに似てきたような気がしてトホホという気分だった。まだ若い上にオカマの人でもないのに、おばさんっぽくなるってどういうことかしら。
でも、オカマの人たち――犀子さんのお店で働いている人たちは皆自分のことをオカマと呼称するのでそれでいいのだろう――は、たいてい皆なにかしら切り抜けてきたり乗り越えてきたりした人ばかりなので、ちょっと極端ではあるが間違ったことはしない。その上優しくて、ごく一般的なおばさんよりも色んなことに敏感でちょっと繊細だ。
俺が犀子さんのお願いを断れないのは、子供の頃から続く恩とか色々な悪さも知られているという弱味があるからってだけではなくて、色んなものを見て聞いて体験して傷ついてきた人だけが持っている芯の強さを信頼しているからだ。
不幸ぶることが格好悪くて無意味だと、知らず知らずのうちに思うようになったのは彼女の影響だろう。
父や母を恨まずに済んだのも、たぶん。

 

「とにかく座りなよ。あと、顔上げたら?ずっと下向いてたら首痛くない?」

 

青年は数秒迷ったが、戸惑いながらももう一度腰を下ろした。まるでそこに罠でも仕掛けられているかのように恐る恐る座るのがなんだかおかしかった。

 

「すみません、ほんとに」

 

効果音をつけるなら、ぎぎぎ、というようにぎこちなく彼は顔を上げた。右の瞼の上が切れて腫れ上がっているし、口の端も殴られて紫色に染まっている。栄養が足りていないのか頬はこけて小さな顔がますます小さくなっていた。
でも、白目の割合のひどく少ない瞳は黒々として澄んでいた。瞳の黒さと肌の白さと真っ赤に染めた髪とぼろぼろの格好が、アンバランスで妙に魅力的だった。
これは、犀子さんがかくまいたくなるのもちょっとわかるなあ。
こういう感じの危うさを、あの人たちはすごく敏感に感じ取る。魅力のある人間は、いいほうにも悪いほうにも転びやすいのだ。若い子は、特にね。
うんうん、と一人で納得しながら、引き締まった無駄のない身体の血や汚れを拭き落としていたら、

 

「あの……」

 

と、青年が不安げに眉を顰めて言った。猫みたいにぴんとつり上がった目尻の先の短めのまつ毛が震えている。

 

「なに?」

 

「俺、お金持ってないんです」

 

見ればわかることを言うので笑った。

 

「うん。そうだろうね」

 

「だから、その、そうするしかないんだろうってことはわかってます。でも、俺、そこまではしたことがなくて、今は、身体もあちこち痛いし、だから、今日はそこまでは無理なんですけど……あ、でも口ではできます。ちょっと切れてるから痛いけど」

 

ハテナマークが頭上に三つほど浮かんだ。じっと見つめると、青年はまた俯いてしまった。細い身体をさらに縮めて、

 

「すみません、ほんとに」

 

と、さっきから何度聞いたかわからない謝罪を口にした。

 

「なんの話?それ。具体的な単語が少なすぎて全然わからないんだけど」

 

テレビ台の下から、薬箱として使っているアルミの缶を引き出しながら訊ねた。俺自身は怪我も病気もほとんどしないけれど、「備えあれば患いなし」と犀子さんが昔からこういう類のものを切らさなかったのが染みついて、一人で暮らすようになってからも風邪薬や消毒液やガーゼや包帯なんかは常に買い置きをしている。
青年の身体はどこかしこ傷だらけだったが、ほとんどが殴られたり蹴られたりした打ち身のような痕だった。縫う必要のありそうな深い切り傷はなくホッとした。充実の救急箱の中にも、切ったり縫ったりする道具は入っていない。

 

「あ……。だから、お礼をしなきゃならないと思うんですけど」

 

別にそんなの期待してないけどな、と思いながら顔を上げたら、俯いた瞳と目が合った。すぐに逸らされてしまったが。
青年は自分を落ち着かせるように息を吸って、ゆっくり短く吐いた。それから意を決したようにもう一度俺と目を合わせ、

 

「身体でちゃんと払います。今日は、でも、口でするだけで勘弁してもらえませんか」

 

と、きっぱり言った。
あまりにもきっぱりしていたので呆気に取られた。目を見開いて見つめていたら、

 

「俺、結構上手いです、口でするの」

 

と、またしてもきっぱり言われた。
深夜三時の、青年の捨て身のギャグは――本人は真剣なのだろうが、俺にはギャグにしか思えなかった――俺の笑いのツボに見事にはまった。
腹を抱えて床に蹲ってさんざん笑い、どうにか納まったと思って顔を上げたら青年がポカンと口を開けて俺を見ているのでまたおかしくなって笑い、結局俺がまともに話せるようになるまで五分以上はかかったと思う。青年の表情は、徐々に不愉快なものに変わりつつあった。

 

「……どうして笑うんですか」

 

ぼそっ、と言ったその声が、たぶんほんとうの彼の声なのだろう。不機嫌そうな男の子の声だった。

 

「いや、ごめん。ごめん。その発想はなくて。俺もそういうこと同性としたことないし、したいとも思ったことないから」

 

「えっ」

 

「しかし、身体で払いますって……Vシネマでも今時言わないよ、それ。しかもきみみたいな若い子がさあ」

 

またしても込み上げてきた笑いを押さえきれずに肩を震わせる俺をちょっと呆れたように見ながら、

 

「若くないです」

 

と青年は言った。

 

「いくつなのさ」

 

「二十三です」

 

「そりゃ、若い」

 

「……おいくつなんですか」

 

「俺?俺は二十八だよ」

 

薬を塗ったりガーゼを貼ったりしながら答えた。一笑いしたのですっかり目が覚めてしまった。

 

「二十八だって、若いっす」

 

「そりゃ、どーもっす」

 

真似て言ったら、からかわれたと思ったのか喋らなくなってしまった。むっと突き出した唇が女の子みたいに赤い。けれど、このぶっきらぼうな感じは犀子さんたちの持つ雰囲気とはまた違う。まだ、外の世界にさほど叩かれたとは思えなかった。それなのにこんなにぼろになるまで殴られるなんて、よほど運が悪いのだろう。かかわる相手を間違えたのだ。

 

「あの、お名前は」

 

ぶはっ、と笑ったら、「もういいです」と言って手当していた手を払いのけられた。

 

「ごめんごめん。だってなんだか状況にそぐわないからおかしくてさあ。俺はね、二宮平。数字の二に、神宮の宮、平和の平。たいてい”へー”とか”へーちゃん”とか呼ばれてて、皆”たいら”が本名だって忘れてるみたいだけど。きみは?」

 

「……せい。星座の星」

 

おお、若者の名前だなあ。と思ったが、これ以上そういう発言をするとまた腹を立てられてしまいそうなので言わずにおいた。

 

「じゃあ、星。とりあえず服を着替えて、飯にしよう。ちょっと傷にしみるかもしれないけど、食べられるだろ」

 

壁にかかった時計は三時五十分をさしていた。四時すぎなら、ちょっと早めの朝食ということになるんだろうか。それとも遅めの夜食だろうか。

 

「えっ」

 

「嫌いなものはある?」

 

立ち上がって、キッチンに向かいながら訊ねた。返事がないので振り返ったら、星もソファの上で腰をねじって振り返りながら瞳を真ん丸にして俺を見つめていた。真赤な髪に物騒な傷だらけの顔だが、まるっきり子供の瞳だった。
わずかに切なくなった。たぶんこれは同情だなと思い、若者は同情と憐れみと優しさの区別がつかないので同情しているとわかったら怒るだろうと思い、だからにっこり笑った。

 

「腹が減っては戦ができぬ、だ。まあそんだけ傷だらけで、もう戦わなくてもいいけどさ。なにをするにしてもお腹が満たされていないとね」

 

星が驚いた顔のまま固まってしまったので、俺は笑ったままキッチンに入った。
さあ、ごはんだ!と思ったら、湧いてくるこの力はなんでしょう。自分でもほんとうに不思議だ。
冷蔵庫を開けてざっと中を見渡す。ストックしておいたかつおのだし汁をそろそろ使い切らなければと思い、卵と玉ねぎで丼ぶりを作ることに決めた。
玉ねぎをたっぷり薄切りにして、卵を溶きほぐす。美味い料理は音も美味い、と父が言っていたことを思い出す。木のまな板に包丁が当たり、ボウルの中を菜箸と卵が撫でる。
今まで付き合った女の子の中には、だしをわざわざ鰹節から取ったり、醤油を遠くから取り寄せたりすることを不思議がる――もっと言えば、「こだわり過ぎ」と馬鹿にする子もいた。俺はいいものを食べていると強くなるし綺麗になると信じているので、それがわからない女の子とは、きっかけはなんであれすぐに駄目になってしまう。まあ、振られたというほうが正しいかもしれない。料理好きな男は負担になるのだそうだ。
いいものというのは、高価なものという意味じゃない。丁寧なもの、という意味だ。
油をちょっとひくのだって、多かったり少なかったり、タイミングがずれたりしたら美味しくない。不味いとまでは言わないけれど、一度丁寧なものの美味しさを知ったら、なんだか違うことに気付いてしまう。
料理をする俺を、犀子さんは「お父さんに似てきたわね」と言う。それは彼女にとってはいい意味なのだろうが、一般的には頑固になったってことかもしれない。頑固に、そして孤独に。
まあ、なんでもいいさ。
一人きりでもごはんは美味しい。世界は回るし朝は来る。

 

「さあ、食べよう食べよう」

 

テーブルには、卵丼と豆腐とわかめのお味噌汁。それから、大根と油揚げにツナ缶を加えたきんぴらふうのサラダが並んだ。見事に茶色っぽかったが、店に出すものではないし冷蔵庫の中のありあわせなので合格ラインだろう。
俺の用意した白いTシャツとブルーのジーンズに着替えた星は、傷だらけではあったが先ほどよりはさっぱり見えた。だぼだぼの、横っ腹が大きく開いたようなタンクトップに膝の破けたジーンズからの”お色直し”なので、それだけでもずいぶん印象が違う。簡単に言えば更に幼くなった。

 

「なに突っ立ってんのさ。座りなよ」

 

うすく口を開いてぬぼーっと立っていた星は、俺の声に反応して目をきょろきょろさせた。

 

「あ、……俺……その……」

 

「肉がないのは詫びる。最近さーもう一人では肉を食べないんだよ。時々付き合いでいい肉食べに行ったりすると、絶対夜に腹を壊すんだよね。歳ね、こういうのって。でもほら、卵もあるし、ツナもある。我慢してよ」

 

「そうじゃなくて、俺、そんな……飯までごちそうになろうなんて思ってなくて。服も、洗って返しますから。薬とかガーゼとかのお金も……あと、俺が座ったソファも汚れてると思うから、それも……」

 

ごはんの前につべこべ言われるのは面倒だったし、若者らしい腰の引け方も考え方も、身に覚えがないわけではないがとっくの昔に忘れた感覚なのでよくわからなかった。

 

「もー。うるさい。はい、座って。食べる。食べたらとりあえず寝なよ。色々考えるのはその後だ」

 

しばらく口をぱくぱくさせていたが、俺が椅子を引いてやると星はやっと大人しく座った。
にっこり笑いかけたらすぐに顔を逸らされたが、「いただきます」と言ったら、倣うように「……いただきます……」と言って箸を持ち上げた。
そう言えば、この家で人と向かい合って食事をするのは久しぶりだなと思った。
誰かと一緒に食べたほうがごはんが美味しい、と思うほど情緒的な人間ではないけれど、なんでも一人分作るより二人とか三人とか四人とか、まとめて作ったほうが美味しいとは思う。だから、今日の卵丼は久々に美味しかった。
星は見た目に似合わぬ綺麗な箸使いだった。別にばってん箸でも握り箸でも構わないけれど、綺麗ならばそれに越したことはない。
うんうん、と、またしても一人で納得して首を縦に振っていたら、

 

「すみません……」

 

と、小さな声が聞こえてきた。
俯いた赤い髪の青年は、小さく震えていた。
なにが? とは訊かなかった。具体的なことには別に興味がなかった。犀子さんが連れてきたから受け入れただけだし、笑わせてもらったから食事を作っただけだ。
謝られる筋合いもないので、そのまま無言で食べていた。
けれど、あんまりにも長いこと星が俯いたままなので仕方なく、

 

「食べなよー。片付かないと洗いものできないだろ。俺、洗いもの放置してあるの嫌いなんだよー」

 

と言ったら、また「すみません」と蚊の鳴くような声で謝られた。
テーブルの上に、ぽたり、ぽたりと雫が落ちた。涙だか鼻水だか、わからない。
汚いなーもう、と思いながら、やっぱり胸がきしっと痛んだ。
傷だらけの赤い髪の青年は、自分とは似ても似つかないはずなのに。

 

「泣きながら食べると呼吸困難になるよ」

 

俺の言葉に、数秒遅れて星が笑った。
箸でごはんを上手にすくいながら、

 

「ほんとだ」

 

と小さく言う。

 

「知らなかった。ほんとだ」

 

目尻に皺を寄せたくちゃくちゃの泣き笑い顔を見ていたら、卵丼の味がちょっとしょっぱく感じられた。
味付け、失敗したかしら。
なんてね。

 

 

 

 


*To be……*

 

 

 

 

 

 

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