*holiday*

 

 


「ひろいねえ!」

 

と、海が言った。

 

「静かにしろっ」

 

明が人差し指を立てて「シッ」と咎めると、海は口をへの字にして黙り、サングラスのすき間から上目遣いに睨んでくる。
叱られた子供がへそを曲げてするしぐさそのものだったが、数秒後にはすっかり忘れて、「ねえ、あれはなに?扇風機コーナーにあるけど羽根がないよ?」と声を高くする。
久しぶりの丸一日の休みということもあって海はひどく機嫌がいい。明け方まで体力を使っていたとは思えない元気のよさだ……と考えながら、明はあくびを噛み殺した。
平日の真昼間の家電量販店は思いのほか空いていた。
明としては、「面が割れるといけない」と思ってかけさせたサングラスだったが、そんなものをかけているほうがむしろ浮いているくらい長閑だ。
車でしか来られない郊外の店を選んだのは正解だったらしく、視界に入る客は中高年が主で、ちらりと振り返られることはあっても声をかけられることはなかった。KAIがいまや日本でもそれなりの知名度のある人気歌手とは言え、顔と名前が一致する人はそれほど多くないのかもしれない。
目を離すとすぐにどこかしらの通路に紛れてしまう海に明が舌打ちをするのと同時に、隣を歩いていた幸仁がいかにも愛おしげにくすくす笑った。

 

「海!迷子になるよ。こっちへおいで」

 

長身の友人を見上げながら、客が振り返るのはこいつのせいかもしれない、と明は思い直す。昼間の長閑な家電量販店というシチュエーションに、一番似合っていないのは幸仁だ。
海の気まぐれな電話――「ユキヒト?あのねえ、いまから電器屋さんに行くよ。おれ、今日休みなの。ねえ、ユキヒトも一緒にごはんを食べられたらいいのにね」――に、「それじゃあ車を出そうか」と当然のように答えて幸仁はやって来た。
びっちり固められた黒髪に、一目で高級とわかるセットアップのスーツ。よく磨かれたエドワード・グリーンの革靴がゆったりとしたリズムで床を打つたび、明はめまいを起こしそうになる。
こう目立っては、人目を気にしている自分が一人馬鹿のようだ。

 

「ユキヒト。ねえ、あれなあに?”わたあめ”が作れるんだって。……わたあめってなあに?」

 

初めて見る機械を前に、海がはしゃいだようすで訊く。

 

「砂糖菓子だよ」

 

するりと腕を絡ませてくる海の髪にそっと唇をつけてから幸仁は言う。顔を上げた海が、「……それじゃわかんない」と不服気に眉を寄せた。

 

「幸仁も食ったことないだろうが」

 

明が横から言うと、幸仁も海も揃って眉を八の字に下げた。顔の造り自体はちっとも似ていないが、二人は兄弟のように親密に重なって見える。

 

「夏になったら縁日の屋台で買ってやる。っつーか腕組むなお前ら。変に思われるだろ」

 

目を細くして睨む明に、幸仁が肩を竦めつつも笑った。「エンニチ?」と海は不思議そうに呟いたあと、幸仁の腕にぴたりとくっついたまま、

 

「いつもああなんだ。マネージャー並みにきびしい。がみがみあきら」

 

と声を潜めて言った。まるで告げ口のようなそれに、一歩前を歩いていた明は振り返って「聞こえてるぞ」とさらに睨む。

 

「それで?今日はなにを買いに来たんだって?」

 

「洗濯機。この前一回修理頼んだんだけど、海外のやつだから部品が手に入んないとかでさー」

 

眉間に皺を寄せたまま、ふう、と明はため息を吐く。「デザインが気に入ってたんだけど」と小さな声で付け足す明を見ながら、海はまたしても告げ口をするかのようにつま先立ちになって幸仁の耳に唇を寄せた。

 

「ずーっとパソコンの画面とにらめっこしててさあ。デザインがーデザインがーって言ってるんだ。洗濯機なんかどれも四角くて白いだけじゃん、ねえ?」

 

「海。置いて帰るぞ」

 

「メーカーはどこの?」

 

幸仁の声は優しい、と明は思う。海のようにべったりくっつくつもりはないが、ほんのすこし視線を上げれば包み込むような瞳がそこにあると確信できるのは、幸せなことだ。
ちらっと見上げてすぐに視線を逸らした。明がイタリアのメーカー名をひとりごとのように呟くと、幸仁は口元に均等な微笑みを浮かべながら、「それなら」と言う。

 

「それなら、知り合いに話をつけてみよう。きっと部品を取り寄せてくれると思うし、もし無理でも同じメーカーのものをすこし安く売ってもらえるようにするよ」

 

「……」

 

相談すれば、そうなるだろうと予想がついた。明は複雑な気持ちで赤い唇を噛む。単純に言えばそれは、”男としてのプライド”のようなものだ。実際、離れて暮らすようになっても幸仁に頼ってしまうことは多い。
そんな明の気持ちを知ってか知らずか――知らないだろう、と明は思っているのだが――海は「ほらっ」と跳ねるような声を出した。

 

「だから、最初からユキヒトに言ってみたらいいって言ったんだ。ユキヒトならぜったい――」

 

海が口をつぐんだのは、自主的にそうしたわけではなかった。幸仁の長い指が桃色の唇をそっと抑えたのだ。

 

「明には明のやり方があるからね」

 

案の定、海は「よくわかんない」と首を傾げた。大きな目を丸くして長いまつ毛を上下させている表情が、サングラスで隠れていても明には容易に想像できる。まったく、”男心”のちっともわからないやつだ。

 

「……じゃあ、家電はもういい。なんか飯食いに行こうぜ」

 

踵を返す明の腕をぎゅっと掴んだのは、もちろん海だった。思わぬ力で引っ張られ、明は体勢を崩す。

 

「なんだよっ」

 

我ながら不機嫌そうな声だと自分自身思いながら振り返ると、わずかに首を斜めに傾けたまま、ふうわりと微笑んでいる海の顔が近くにあった。べっこうのような薄茶のレンズのサングラスは、顔を近づけると透けてその奥の瞳が見えた。

 

「すこし見て行こうよう。おれ、電器屋さんってはじめて」

 

囁く声と蕩ける笑顔は、ベッドの上のそれとほとんど変わらない。明は妙な動揺に跳ねる心臓を押さえ、「……別に見たってなんも……」とぶっきらぼうに言った。目の下――頬骨の部分が、赤くなっていなければいいが、と思いながら。

 

「うん。見て行こう。わたあめの機械も、海が欲しいなら買おうか?」

 

「ンー。ううん」

 

とんでもない幸仁の提案に海が首を横に振ったのは、意外にも明が口を出したり睨みつけたりするよりも先だった。なんでも欲しがる海がプレゼントを断るなんて、珍しいこともあるものだと明も幸仁も思った。

 

「”わたあめ”は、エンニチであきらに買ってもらう。ユキヒトも、それまでがまんしたほうがいいとおもうな」

 

くふふ、と笑い、海は左右に掴んでいた二本の腕を自らに引き寄せた。上質なスーツからも、滑らかな白い肌からも、別々の香水のかおりがわずかにする。どちらも好きだと海は思う。
明はもちろん戸惑ったが、楽しそうに「ねえ、あれはなあに?」を繰り返す海と、「空気清浄器かな」「美顔器かな」「”おうちでエステ”らしい」と、いちいち真面目に答える幸仁を見ていたら、やはり馬鹿馬鹿しくなった。
呆れた、というつもりで出したため息が、自分でも気付かぬうちに笑みの含まれたものになっていることにも気付いていた。

 

「お休みって楽しいね」

 

明の肩にもたれかかるようにして、安心しきった甘い声で海が言った。

 

 

 

*fin*

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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