晴生7*ふたたび宇宙人*

 

 

 

『伝えたいことが
 言葉じゃ一つも伝わらなくて
 ただ見つめることしかできないけれど

 "ずっと一緒にいよう"
 切なく笑うきみ
 その唇をぼくが塞ぐよ
 この永遠を
 壊さないで』

 

 


「……あ。この曲、知ってる」

 

どこで聴いたことがあるんだろう? 首を傾げながら俺はつぶやいた。改めて聴くと、王道ラブソングって感じの歌詞がちょっと恥ずかしくてむず痒くなってしまうけれど、綺麗な歌声が印象的で自然と耳に残っていた。
どうやら俺は間抜けなことを言ったみたいだ。顔を上げたら、MP3を貸してくれていた金田くんが珍しく呆れた顔でため息を吐いた。
くんっ、と軽く引っ張るようにして俺の耳からイヤフォンを引っこ抜くと、

 

「あったりまえじゃん。このシングルがどんだけ売れたと思ってんだよ。発売してから数ヶ月間は街のいたるところでかかってただろ」

 

世間知らずねえハルちゃんは、なんて言いながらわざとらしく首を横に振る。
あからさまにからかわれたことに口を尖らせて黙る俺を見て、三崎くんがくすくす笑った。

 

「確かにLuIzをちゃんと認識していなかったっていうのは驚きかも」

 

「……そんなに有名人なの?」

 

唇を尖らせたままぼそっとつぶやいたら、金田くんがまたしても「おいおいおい」って肩を竦めた。三崎くんが宥めるように金田くんの肩に手を置く。

 

「そうだなあ。春のアジアツアーでは、航空会社とのコラボレーション企画でレイさんとイオリさんが機体に描かれたジャンボ機も飛んだんだ。それくらい、有名人かな」

 

「じゃんぼきのきたい……」

 

想像もできなくて、ぽかん、と口を開ける俺に、「あとでニュース動画がないか探しておいてあげるね」と三崎くんがにっこりした。

 

「せやで。ブルーマーブルの練習生で、LuIzの曲聴いたことないーなんか言う子がおるとは思わんかったわ」

 

濡れた髪をタオルでがしがし拭き、爆発したみたいな頭をした間宮くんが目をまるくして言った。
間宮くんは早口の関西弁で声が大きい。関西の人って馴染みがなくて、はじめはその独特のイントネーションを聞くだけでどきどきしていた。でも喋ってみるとすごく優しいし、世話焼きで、お兄さんって言うよりちょっとおばさんっぽい。

 

「聴いたことなかったわけじゃないです。LuIzだって思いながら聴いたことがなかっただけで……」

 

小さな違いではあったけれどそう反論したら、俺の声をかき消してしまう大声で、

 

「おんなじやって!」

 

と間宮くんが言う。手の甲で胸元を軽く叩かれ、これが関西のツッコミってやつなのか? と思いながらびくっとしたら、隣に座っていた新田くんが間宮くんの頭をばちんと思い切り叩いた。

 

「ハルが驚くだろ。っていうかお前マジ声デカいから」

 

「いったー! 新田ちゃんなにするん! ほんま痛い! アホになったらどうするん!」

 

「それ以上はなりようがないから心配するな」

 

後頭部を押さえて涙目になっている間宮くんに新田くんがつめたく言い放つ。容赦ない言葉と二人のテンポが面白くて、510号室にいた皆がどっと笑った。
同室の金田くんと三崎くん以外に、一緒に大浴場にいった帰りの間宮くん・新田くん・西野くんもいて、もともとツインルーム程度の広さしかない部屋に二段ベッドを入れた室内はぎゅうぎゅうだ。普段はあまり話すことのない人ともコミュニケーションを取ることも合宿の目的の一つらしい(説明会のときにそう言われた)。確かに、束の間の自由時間にこうしてわいわいと話ができるのは楽しかった。
それでも、笑い声に包まれながら何度もヒナの顔が頭に浮かんだ。間宮くんたちはヒナと同じ605号室で、だからほんとうなら、ここでヒナも一緒に笑っているはずだった。
思いだしてみれば、ヒナは確かに晩ごはんのときから元気がなかったかもしれない。
あのとき俺は、自分に向けられた思いもよらない敵意に面食らってしょんぼりしていて、ヒナのようすを窺う余裕なんてなかった。
大浴場にいこうって誘いにきてくれた605号室メンバーの中にヒナがいなくて、間宮くんから「誘ってんけどなあ。部屋のシャワーでええゆーから」って聞いたとき、そういえば元気がなかった気がするって思ったんだ。
そりゃあ、と俺は思う。鳴らない携帯電話を見て、さっきのヒナとの会話を思いだす。そりゃあ、親友の異変に気付くにはちょっとばかし遅かったかもしれない。自分しか見えてなかったんだなって反省もしたんだ。
だから電話をかけたし、「会って話したい」って伝えたのに。

 

――……いまは、無理。同室の先輩らと大浴場にいってるから――

 

その〝同室の先輩ら〟が俺の部屋まできているなんて知りもしないヒナは、そう言って俺の誘いを断った。すごく、他人行儀な声で。
ショックだった。それなら「会いたくない」って言われたほうがまだいいって思った。
嘘をつくなんて最低だ。嘘つきとは、けんかすらできない。

 

「どうしたのーハルちゃーん。元気ないじゃん」

 

ひやりとした手が額に触れる。無意識に俯いてしまっていた俺の前髪をさらさら撫でながら、金田くんが笑っていた。
いつも通りの三日月型の目の、ちょっと怪しげな笑顔だったけれど、心配してくれているのがわかった。

 

「そーやそーや。わけわからんこと色々ゆーてくるやつもおると思うけど、そんなんほっとき」

 

拳を突き上げるポーズで間宮くんも言う。静かで穏やかな西野くんも、「突然あんなふうに言われたら驚くよね。気にすることないよ」と言ってくれた。
どうやら皆、俺が食堂での一件を気にしてしょんぼりしているんだと思っているみたい。
励ましてもらえるのはすごくありがたいし嬉しかった。だけどいままでだって嫌なことを言われた経験がないわけじゃないから、皆が思うほど傷ついたりはしていない。ただ、いままでと違うのは、ヒナがそばにいないこと。どんなに小さなことでも、しょんぼりしているときは必ずヒナが一番に言ってくれたんだ。――大丈夫だって。気にすんな。俺はちゃんとわかってるよ――
そう言ってくれるときの声や表情が頭に浮かんで胸がずきりと痛くなった。糸みたいに細くなる目。ひょろひょろで頼りないはずなのに、なぜか安心してしまうヒナの腕。その先の手が俺の頭を撫でる。身長はかわらないのに、手足はヒナのほうが少し大きい。
腹は立つけど、冷静になって考えてみればヒナが理由もなく嘘をつく人間じゃないことはわかってるはずだったのに。
いつも「わかってる」って言ってくれるヒナに、ひどい言い方しちゃったな。ちびはほんとだけど、ヒナはいじわるなんかじゃない。

 

「だけどちょっとわかるかも」

 

皆が和やかに俺を励ますムードを作っていたとき、ぼそっと新田くんが言った。
お風呂上がりの新田くんは、普段しているコンタクトを外して眼鏡をかけている。銀色の細いフレームのそれは新田くんの涼しげで賢そうな印象の顔立ち――黙っていると、ちょっとつめたそうな感じ――を更に際立たせるようだった。

 

「なにが?」

 

首を傾げながら訊ね返したのは、俺ではなく間宮くんだった。短い言葉にも関西弁のイントネーションが滲む。

 

「俺も練習生三年目だからさ。ハルに嫌味言った人たちの気持ちもわからなくもない」

 

思いもよらない発言に、「ええっ!? なんで!?」と大声をだしたのは間宮くんだけだった。叫びこそしなかったけれど、なんで? って思いながらびっくりした俺は、金田くんや三崎くん、西野くんの表情を見て二重に驚いた。黙っている皆は、新田くんの発言の意図がわかっているようだったから。
「必死なんだよ」と新田くんが言う。なんでなんでと体当たりしそうな勢いで詰め寄っていた間宮くんも、そのせりふにぴたりと静かになった。

 

「LuIzは名実ともにブルーマーブルの稼ぎ頭だし、ここ数年で役員になった人間なんかよりよっぽど発言力もあるって聞く。年上のレイはとくにね。ハルに嫌味を言ってきたあのメンバーの中には練習生になってもうまる六年って人もいるし、どういうかたちでもいいから――つまり、先輩に目を掛けてもらうとか、そんなのでもいいからとにかくデビューに繋げたいって思ってるんだろ。だから、ハルみたいな一年目の子がレイと繋がりを持ってるってわかって、驚いたし腹が立ったし焦ったんだよ。確かにやり方は子供っぽいと思う。俺はあんなことしないけど、でも気持ちはわかるよ。だって俺たち、皆ライバルなんだからさ」

 

「繋がりなんて、そんな。たまたま声かけてもらっただけで……」

 

一人だけ状況が飲みこめずに慌ててそう言った俺を、ちょっと残念な子を見るみたいな目で新田くんが見た。軽く肩を竦めると、たぶん俺だけのためにはっきりと言った。

 

「そろそろ自覚したほうがいいよ。ここは、学校のクラブ活動じゃないんだ」

 

その言葉に、心臓がどきんと嫌な跳ね方をした。
もしかして、ヒナも同じように思ったのだろうか。いつまでも部活感覚が抜けない俺とは話したくないって思ったんだろうか。大先輩であるレイに声をかけられても、ミーハーなファンみたいにぽうっとしてはしゃいでた俺に呆れてたのかな。

 

 

 

自分の考えが甘いってことには、うすうす気付きはじめていた。
俺って昔から、競争とか勝ち負けとか順位のつくものが苦手なタイプなんだ。
もちろん運動会の徒競走では一位になりたいと思うし、なれたら嬉しくてビリだったら悔しい。だけど一位になるために誰かをだし抜こうって思ったことは一度もない。そんなことしなくても、自分がちゃんとがんばれば勝てるって思っていたから。
ブルーマーブルでのこともそれと同じように思っていたんだろう。嫌味を言ってくるのはただの性格の悪い人たちで、俺は俺で一生懸命やっていれば、いつかなんらかの結果がでるって考えていた。
電気を消した真っ暗な部屋で、手元の携帯電話がぼんやり光っている。ヒナからは、なんの連絡もない。もちろん俺も連絡していない。
さっきの新田くんの言葉。ヒナのこと、それから宇宙人さんのこと、自分のこと。色々と考えていたら眠れなくなってしまった俺は、布団をすっぽり被ってネットの画面を開いた。
〝LuIz〟で検索をかけると、ブルーマーブルの公式動画チャンネルがでてきた。ずらりと並ぶ動画の、一番上にあったものをタップする。
そう言えば、ブルーマーブル所属のアーティストの曲や映像を俺はきちんと見たことがない。これじゃあ、勉強不足とかヤル気がないって思われても仕方ないよなあ。
考えごとをしながら見ていても、小さな画面に映るLuIzの格好よさが半端じゃないってことはよくわかった。俺が知ってる程度の言葉じゃ表しきれない。長身で筋肉質のレイとイオリのダンスは、曲に合わせて重くもなるし軽やかにもなる。息がぴったり合っていて切れがよく、ダンサーとしては長すぎる手足もちっともマイナス要因になっていない。
ミュージック・ビデオはセットも映像技術も豪華に作られていたけれど、なによりすごいのはそれに負けない二人の迫力だ。
眺めていると息をするのも忘れてしまいそうだった。って言うか、ちょっと忘れていたくらい。

 

「すごい、なあ……」

 

詰めていた息を吐く。ぼんやり見はじめたのに、いつの間にか夢中になっていた。
憧れる。尊敬する。こんなふうに踊れたら、歌えたら、どんなにいいだろうって思う。そう思うくらいには、俺だってダンスと歌が好きだ。
だけど、だからってこの場所に立つために、三崎くんやヒナに嫌な想いや悲しい思いをさせられるだろうか。
きっとできない。したくない。
そういう考えって甘いのかな。ただ悪者になりたくないだけなのかな。
ずっと小さな画面を見ていたら目が疲れてしまった。眠れそうな気はしないけど、明日もみっちりレッスンだということを考えると寝ないわけにはいかない。
長い長いため息をついて瞼を閉じると、イヤフォンから聴こえてくるLuIzの曲もバラードに切り替わった。
『伝えたいことが 言葉じゃ一つも伝わらなくて――』
俺的にはまず、なにを伝えたいのかがわかんないよ。
ヒナにも、自分にも。

 

 

 

翌日のスタートは七時からだった。まずは朝食だ。腹が減っては戦ができぬ……って言うけれど、気持ちも重いし、寝不足ということも手伝って、お腹はあんまり減っていない。
同室の郷原くん、金田くん、三崎くんと一緒に食堂に向かった。郷原くんは食堂につくなり違うグループの人たちに声をかけられて、そちらにいってしまった。班ごとに食べなきゃいけないわけじゃないから問題はない。でも、部屋でも話さない上に食事も別々じゃ、仲よくなるきっかけが掴めない。
郷原くんが入っていったグループ内に昨日俺に話しかけてきた人たちはいなかったけれど、年齢的には大学生くらいだ。部屋では見せない笑顔で話している郷原くんを見ていたら、もしかしたらあのグループでも悪口を言われているんじゃないかなあなんて嫌な想像をしてしまう。ほら、郷原くんには、そもそも嫌われているし。
トレイを持って並び、朝食のおかずを取っていく。マスクに帽子で完全防備の人たちが、厨房の中でしゃきしゃきと立ち働いているのが見えた。作っているところが見えるのに手作りって感じがしないのは、機械的であんまり慌ただしい感じがしないからかな。家だと、朝はお母さんがもっとばたばたしているし。
焼き鮭、海苔の入った卵焼き、わかめのおみそ汁に、納豆、漬物、それから漫画かよって突っこみたくなるくらいの山盛りのごはん。
朝はパン食になることが多い俺には、思いのほかボリュームたっぷりだ。食べきれるかな。
いつもならヒナが手伝ってくれるんだけど、なんて考えてしまって、軽く首を横に振った。こういうところがいけないんだ。ヒナに呆れられちゃう。

 

「お、はよう」

 

三崎くんが選んだ席についた俺の耳に、ぎこちない朝の挨拶が響いた。ちなみに今日座った席からはスタッフのお兄さんたちもばっちり見える。昨日の教訓を生かしたってわけだ(俺じゃなくて三崎くんがね)。
同じメニューののったトレイが、がしゃん、とちょっと乱暴に置かれた。視線を上げた先には、物凄く硬い表情――ほとんど怒ったみたいな顔をしたヒナがいた。

 

「あ、陽太おはよう」

 

俺の隣に座っていた三崎くんがにこやかに答え、その前にいた金田くんもヒナを見上げて、「おはよーう」と軽く肩を揺らす。

 

「……おはよ」

 

答えた俺の声は暗くて硬かった。しかもヒナから視線を逸らしたので、ヒナは一瞬俺の前の席に座るかどうか迷ったみたい。もちろん、三崎くんがすかさず「座りなよ」と言ったし、すぐに新田くんたちもやってきて、当たり前みたいに俺たちの隣にどやどやと座ったから、ヒナも結局は目の前の席についたんだけど。
気まずくはあるけれど、べつにヒナと話したくないとか怒っているせいで口数が少ないわけではなかった。ただ、寝不足だからかとにかく身体がだるいんだ。あちこちから聞こえる食器がぶつかる音もなんだか不快に思えてしまう。このあとのスケジュールは決まっているから、時間内に全部食べ終えなくちゃっていうプレッシャーもあった。
結構濃い味付けのおかずばかりのはずなのに、あんまり味がわからない。噛まずに詰めこむみたいな食べ方をしているからだろうか。このあとはダンスレッスンなんだから、しっかり食べなきゃ……
ぐるぐるまとまらない気持ちのまま顎を動かし続けていたら、視界に箸が伸びてきた。その箸が、俺のお皿にぽんっと卵焼きを置く。
無言で顔を上げたら、やっぱり怒った顔のヒナがいた。

 

「……なに?」

 

なんで怒ってんの。怒りたいのは俺のほうだし、だけど仲直りしたいとも思ってるし、っていうかお腹いっぱいなんだけど。

 

「やる」

 

いつもは大好きな卵焼きも、今日のコンディションじゃ駄目だ。だけどいま「気分が悪い」なんて言ったら――優しい人には心配をかけてしまうし、そうじゃない人にはなにを言われるかわからない。
ヒナの隣に座っている新田くんと目が合った。ただ気にかけてくれているだけだって思うのに、どう思われるかがこわくて視線を逸らした。俯きがちにぼそっとつぶやくと、「え? なに?」ってヒナが苛立たしげに眉間に皺を寄せた。
笑ってよ。「どうしたハル?」って訊いてよ、いつもみたいに。

 

「いらない、って、言ったんだ」

 

ほんの数秒、奇妙な空気が流れた。「なんやなんや! 陽太フラれてるやん!」っていう間宮くんのせりふは、たぶん彼なりの気遣いだったんだろう。だけど誰も笑わなかった(新田くんが大きくため息をついて、間宮くんを小突いた)。ヒナは眉間の皺を深くして、卵焼きを自分の皿へと戻した。「……あっそ」って言いながら。
あのね、ヒナ。お腹がいっぱいなんだ。なんか、体調も悪い。
いつもなら、そう言えるのに。
皆が朝食を食べ終わるまで、奇妙な空気の流れがかわることはなかった。

 

 

 

災難に災難が重なることを、なんて言うんだったっけ。目の上のたんこぶにハチ? うーん。ちょっと違うな……。
元ホテルでありいまはブルーマーブルの施設として使われている建物は、外観こそちょっと古びたホテルのままだったけれど、内部はあちこちリフォームされていた。
俺たちの班を含む数十名の練習生たちが一堂に集まることのできる大きなダンス・スタジオもその一つで、音や振動を防ぐ設備はもちろん、スピーカーも高性能のものが取りつけられている。
俺以外は合宿経験者だから、わざわざ「すごーい」なんて口にだしたりはしない。それでも、入った瞬間のざわめきで皆のテンションが上がっているのはわかった。
シューズの底が床と擦れるときの、身体がぴりりと引き締まるみたいな感覚。三百六十度が鏡になっている壁に映る自分の姿。
よっぽどダンスが苦手って人じゃなければ、練習とは言えこんな場所で踊れるのは嬉しいだろう。
俺も嬉しい。はずだった。

 

「――はーい、じゃあ今回の合宿での課題を発表しますー」

 

整列して三角座りをしている俺たちにぐるりと視線を巡らせてから、ダンスの先生が言った。宮前先生――通称ミヤちゃんは、先生の中でも若くて、そのせいか皆ほかの先生たちよりも気安く接している。
先生をしてるなんてもったいないっていうのが皆のミヤちゃんに対する評価だ。話しも面白いし、顔も格好いいし、ダンスだって先生になれるほど上手い。素人の俺が見ても、「芸能人のほうが向いてそう」って思うくらい。

 

「いまから約三分間のインスト曲を聴いてもらいまーす。で、いま座ってる班を一つのダンス・チームと考えて、この合宿の最終日までに曲に合わせたチームオリジナルの振付を考えてくださーい。はいはい騒がなーい」

 

誰もたいして騒いでいないのにそんなふうに言うので、どっと笑い声が起きた。いつもなら俺もけらけら笑うところだけど、今日はそういうわけにもいかなかった。
俺はこっそりと真横に視線を移す。隣に座っている郷原くんは真面目な顔でミヤちゃんの話を聞いていて、まわりがどんなに楽しそうに話していてもぴくりとも笑わない。その緊張感というか厳しさみたいなものが伝染して、なんだか俺も笑ったりしちゃいけない雰囲気なのだ。
それに――と、視線を自分の足元に落としながら思った。それに、やっぱり朝ごはんが多かったのか身体が重い。手や脚に鉛がつけられているみたいで、暑くもないのに背中にじわっと嫌な汗が滲んでいる。
体調のこと、ミヤちゃんに言おうかとも考えた。
でもまだ合宿の二日目だし、むしろ今日からが本番みたいなところもあるし、なによりこれ以上変な噂とかになったらヤだし……我慢しよう。動いてればお腹の中のものも消化されて大丈夫になるはずだ。

 

「はーい。じゃあ、いまの感じでねー。あとの流れはさっき言った通りだから、しっかりやるようにー」

 

どこか間延びした声でミヤちゃんが言う。ハッとして顔を上げたときには、流れていた課題曲はすっかり終わっていた。やばい。ぐるぐると考えごとをしていたせいで全然頭に入ってこなかった。
その上、曲が終わると皆が当たり前みたいに立ち上がったので慌てた。どうやら説明も聞き逃していたらしい。えっと、班を一つのチームにするってことは、同室の人たちと一緒にやるってことだよな。
慌てて立ち上がったけれど、身体が重くて想像以上にのろい立ち上がり方になった。

 

「ハルちゃーん? なにぼーっとしてんだよ」

 

遠くで班の輪に入っていた金田くんが不審げに俺を呼んだとき、その隣に立っている郷原くんと真正面から目が合った。眉間に皺を寄せ、どう見ても不機嫌そうな顔で俺を見ている。
また、ヤル気ないって思われたのかな。そうじゃないんだ、俺、がんばるから――

 

「あ、ごめ――」

 

ん、と、俺は言い終えることができたんだろうか。言ったつもりだけど、どうかな。
覚えているのは、走りだした瞬間にスタジオの電気が消えたこと。ううん、実際には消えていなくて、でも俺の視界はフッとブレーカーが落ちたみたいに暗くなった。
あれ? おかしいなって思う間もなく、意識がふわあっと遠のいていく。「ハル!?」って叫ぶ三崎くんの声が聞こえた気がするけれど、気のせいかもしれない。わかんない。
こういうの、なんて言うんだっけ、えーっと、泣きっ面にたんこぶ?
ちょっと違うな。

 

 

 

ふわり、ふわりと揺れている。
さっきまで気持ち悪かったはずなのに、その揺れは不思議と心地よかった。たとえるなら、そうだな。赤ちゃんがのるアレ。ゆりかごみたいな感じ。
俺の身体はやわらかいなにかに包まれて、寄せたり引いたりする波みたいな自然な揺れの中で、まるでほんとうに赤ちゃんい戻ったみたいにあやされている。
――ハル。
呼ばれて目を開けたら、ヒナがいた。
俺は物凄くびっくりしていた。
だって、それはヒナじゃなかったから。顔立ちは確かにヒナなんだけど、でも子供の―― 十三歳のヒナじゃない。高い鼻に、切れ長の目に、しゅっと細い顎。茶色く染めた髪はなぜだか少し濡れいて――汗、かな――、それがすごく大人っぽかった。
すごくびっくりしていたし、どきどきもしていたはずなのに、目を開けた俺は当たり前みたいに、
――ヒナ。
って答えたんだ。俺の声は、どこか楽しそうだった。
途端に目の前が暗くなり、胸が苦しくなる。きゃはは、っていう笑い声が響く。信じられないけれど、どうやら俺が笑っているらしい。――ヒナ、苦しいよ――なんて言って。
そこでやっとゆりかごの正体がわかった。
ゆりかごは、ヒナの腕――……

 

 

 

「あ、目が覚めた?」

 

真っ暗だった部屋の中を徐々にライトの灯りが照らしていくように、視界がぼうっと開けてくる。上手く焦点の合わない目元を擦ると、光を取り戻すとともにピントも少しずつ合いはじめた。見えたのは格子柄の壁と、大人の男の人の影だった。
影の人が俺を覗きこむようにして言う。

 

「大丈夫? 駄目じゃない。体調悪いならちゃんと先生に言わなくちゃ」

 

その言葉に、俺は自分がスタジオで倒れたことを思いだした。格子柄の壁は壁ではなく天井だ。手のひらを動かすと、柔らかい布団の感覚があった。医務室かな。

 

「ミヤちゃん……ごめんなさい」

 

まだぼんやりする視界の中で俺を心配してくれる影――ミヤちゃんに向かって言った。ミヤちゃんが自分のことを「先生」なんて呼んだことはいままでなかったけれど、たぶん俺はまだ寝ぼけていたのだと思う。さっきまで、なんだか変な夢を見ていた気がしたから。

内容は覚えていないけど、すごく気持ちがよくて、でもどきどきする夢だった。それに気を取られていたんだ。声だって、ミヤちゃんのものとは全然違っていたのに。
数秒の沈黙のあと、「ぶはっ」という笑い声が聞こえた。声だけじゃなく、唾も飛んできた気がする。ぶはっ、というか、ぶわっはっは、というか、なんとも豪快な笑い方だったのだ。
なんだ!? と思いながら驚いてぱちりと目を開いた。
そこにいたのは、ミヤちゃんではなかった。

 

「ミ、ミヤちゃん……宮前くん、ほんとに練習生の子にミヤちゃんって呼ばれてるんだ」

 

モデルのように背の高い男の人は、背中をまるめて笑いながら言った。ふんわりとパーマのかかった髪が揺れ、そのたびに花のようないい香りが鼻先を掠めた。
布団を跳ねのける勢いで身体を起こすと、男の人――俺がミヤちゃんだと勝手に勘違いしていた人が、「おお。起きて大丈夫?」と言って身体を仰け反らせた。
その問いかけには答えずに、と言うか答えられずに、俺は何度も瞬きを繰り返した。漫画みたいにごしごしと目元を擦る俺を見て、男の人はまたしても「ぶくく」と笑った。
映像で見るのと、全然違う。いや、見た目は画面からそのまんまでてきたっていう感じなんだけど、もっとクールな感じなんだと思っていた。
って言うか……

 

「……イ、イオリ?」

 

本物の、イオリ?

 

あとから思いだすと物凄く失礼なんだけど、ぱっくり口を開けた俺は不躾に人差し指を向けていた。

だって、そのまま少しだけ腕を伸ばせば触れられる距離に、昨夜携帯電話の画面の中で踊っていた、イヤフォンから美声を響かせていた、ジャンボ機の機体に描かれた、LuIzのイオリが立っているのだ。パニックになるなっていうほうが無理な話だ。
まだ夢を見てるのかな? ってもちろん思ったけれど、イオリは女の子顔負けの大きな瞳を片方だけくにゃっと細めるようにして笑うと、

 

「はい。こんにちは。レイから話は聞いたよ、潮田晴生くん」

 

と言って、大きな手で俺の頭をぽんぽんと撫でた。見上げた先にあるイオリの顔は、宇宙人みたいに小さかった。


色々と容量オーバーだ。
えーっと、泣きっ面に、たんこぶに、宇宙人の襲来?
違う気もするけれど、もう、なんだっていい。

 

 

 

 

 

 

*To be......*


 

 

 

 

 

 

 

 

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