*晴生2*はじまりの朝つづきの夜

 

 

 

俺の部屋のカーテンは水色で、そこに、雲のイラストが描かれている。
中学生にもなってちょっと子供っぽいかな、なんて思ったりもするけれど、でも気に入っているので替えようとは考えていない。
俺は晴れた日の朝に生まれたから、”晴生(ハルキ)”って名前になったらしいんだけど、そのせいなのか、晴れた日の朝がとても好きだ。単純だとは思うけどね。シンプルイズベストって言葉もあることだし、まあ。
眠いときもあるけれど――と言うかほとんど毎日眠いけど――、最近、朝が特別好きだ。
モーニング・コール、なんて。
俺の親友は、洒落たことをしてくれるよね。

 

 


青空のカーテンから漏れる光が細い線になって部屋の中に少しずつ入ってくる。朝だ、と俺は思う。思うというより、感じる。
目覚まし時計よりも早く、その音は鳴り響く。
その音っていうのは、携帯電話の着信音のことだけど。
俺は画面の表示を見もせずに通話ボタンを押す。このときはまだ目が上手く開かないんだ。

 

『おはよー』

 

電話越しに聞こえてくるヒナの声は、いつもちょっとだけ恥ずかしそう。一度そう指摘してみたら、「電話なんかしねえもん、ほとんど」と、なぜか怒ったみたいな顔で言っていた。
俺は布団の中で目を擦りながら、

 

「おはよぉ……ヒナ……」

 

と答える。やっぱり今日も眠いや。
ヒナ――親友の赤木陽太は、親友とは言っても同じ学校に通っているわけではない。俺とヒナは、”数多くのアイドルグループ・アーティスト・俳優・タレントを輩出している”ブルーマーブル・エンターテイメントという芸能プロダクションを通じて知り合った。
俺は中学生になったばかりの四月から、ヒナは一年前の同じ時期から、練習生という名前でそこに所属している。
練習生って、その名の通り練習ばっかりしている集まりなのだけど、何百人といるその中にはテレビ番組で先輩グループの後ろで踊ったりCMや舞台のオーディションを受けたりしている人もいる。
まあ、入ったばかりの俺や、二年目のヒナにはまだそんな話はやってこない。くる日もくる日も練習ばかりしているから、アイドルを目指しているっていうよりも規模の大きなダンス部に入っているみたいな気分だ。
もちろんみんないつかは正式デビューしたいって夢見て努力している。……らしい。
実を言うと、俺はまだ、正直ピンとこない。練習生になったのは俺の意思じゃなくて、姉ちゃんが勝手に申し込んだだけだもん。そうしたら、なんだかわからないけどまぐれで受かっちゃったんだ。
でもダンスレッスンは楽しいし、なによりそこでヒナに出会えた。
ヒナと一緒だと、どんな小さなことでも笑える。楽しくて、その上、「負けたくない」って気持ちも湧いてくる。

 

『さっさと起きないと遅刻するぞ。布団から出た?』

 

「んん……」

 

夜中までかけていたクーラーの冷気がまだ残っている室内は、ちょうどいい感じでひんやりしていて気持ちいい。俺は枕に顔を埋めて、「あとごふん……」と、無意識に呟いていた。

 

『ダメ!起きろ起きろ起きろバカちびハル!お前今度遅刻したら、レッスン禁止になるんだろ!』

 

「――ああ!そ、そうだ、そうだ!起きなくちゃっ」

 

『そうそう!起きたか?俺も用意しなきゃいけないから、切るぞ?』

 

「うんっ ヒナありがとね。また夕方、レッスンでね」

 

『――おう。また、な』

 

ヒナが電話の向こうでちょっと笑った。俺ももう一度「またね」と言って、電話を切る。布団を跳ね除けて、その勢いで部屋を飛び出した。
朝が好きなのと、しゃきっと起きられるのはぜんぜん別ものみたい。
もともとぐずぐず朝寝坊してしまうタイプだった俺は、一ヶ月ほど前から四回も寝坊のせいで遅刻をしてしまった。

「今までそんなことなかったのに、ハル、どうしちゃったの?学校に慣れてきてたるんでるんじゃない?」そう言ったお母さんは、怒っているというよりどちらかと言うと心配しているニュアンスだったけれど、俺はその「たるんでる」っていう言葉にムッとして、「違うよ」と答えた。

その上、「レッスンがハードだから、毎晩くたくたになっちゃって……。だから朝起きられないんだ」そんなふうに続けてしまった。
そんなことを言えば、「じゃあレッスンに行くのをやめなさい」って言われるのは目に見えていたのに。ばかばか。あのときの俺のばか。
もちろん「絶対にやだ」と言ったけれど、「学業に支障が出るようなことは許せません。後一回でも寝坊して遅刻したら、もうレッスンに行きませんって事務所に連絡するからね」と、お母さんは俺の意見も聞かずに決めてしまった。
腹が立ったのは、お母さんにじゃない。そりゃあ最初は、お母さんのわからずや!って思っていた。だって、俺をブルーマーブルに入れたのはお母さんと姉ちゃんなんだからさ。勝手に入れて勝手に辞めろなんて……ってね。
でも部屋にこもってずっと考えていたら、寝坊をレッスンのせいにした自分がばかだったって、ちゃんとわかったんだ。
ベッドの上で抱えていた膝のてっぺんに、情けなくも涙が落ちそうになったとき、ヒナから電話がかかってきた。
考えてみたら、あれが初めての着信だった。
「ひなぁ……」って泣きべそをかいたら、ヒナはすごくびっくりしていたけれど、「どうしたんだよ」って心配もしてくれた。理由を話したら、「バカじゃねーの」って何度も言った。
ヒナに言われる「バカ」は、他の友達に言われる「バカ」とちょっと違う。なんて言ったらいいのかなあ……温かい感じ。優しい感じ。

 

――じゃあさ、俺が、モーニングコールしてやろうか?――

 

目覚まし代わりの電話は、ヒナの提案だった。

 

――電話?メールじゃなくて?――

 

――だってメールだったら、読んだ後また寝るかもしれないじゃん――

 

――そっかあ……。ヒナ、頭いい。でも……――

 

迷惑じゃない? そう訊こうとして、もし「迷惑」と、冗談でも言われたら傷つくなあ、と思って言えずにいると、

 

――別に、迷惑なら、しないけど……――

 

と、ヒナが言った。きっと口をちょっと突き出して、目をわざと細くして、機嫌の悪い赤ん坊みたいな顔をしているんだろうなって思った。俺はヒナのそういう顔が結構好き。だって面白いんだもん。

 

――ううん。助かる!じゃあ、約束だからなっ――

 

無意識に声が大きくなったみたい。電話の向こうのヒナが、「うるせえっ。こまくやぶれる!」って負けじと叫んだ。明日電話がかかってくるんだって思ったらわくわくして、

 

――毎朝な!――

 

って言った声は自分でもちょっとばかっぽいなって思うくらいにはずんでいた。ヒナが「うるせーってば」って言う声を聞いたら、にやにやしているヒナの顔が頭に浮かんだ。見なくてもわかるよ。

 

――わかったよ。毎朝な――

 

安心したようなヒナの声。考えていることが似てるって、嬉しいし、特別な気持ちになる。
ヒナも俺に、「迷惑」って言われたら傷つくんだということがわかってなんだかホッとした。友達でも、気持ちが一方通行だと悲しいもんね。
洗面所で歯を磨きながらそんなことを思い出していたら、俺の顔もにやにやしていた。
顔を洗って、朝ごはんを食べて、制服に着替える。それから、時間割の確認!最近席替えをしたばかりだから、忘れものをしても隣の席の子には見せてって言いにくい。今日は一時間目から体育で、ちょっと得した気分だ。
学校指定のかばんのベルトをわざと短くしてバックパックふうに背負い、「じゃあ、いってきまーす!」と大きな声で言う。振り返った家の中は、朝ごはんの後のにおいで満ちている。お父さんの飲んだコーヒーや、お母さんが焼いたベーコン。
洗濯物を抱えたままお母さんがやってきて、「はい、気をつけてね」と笑う。お父さんはもう仕事に行っていて、姉ちゃんはまだ寝ているみたい。いい気なもんだ、大学生って。
自転車にまたがる前にもう一度携帯電話を確認したら、ヒナからメッセージが届いていた。

 

『超晴れ!』

 

見上げると、空はもう朝じゃないみたいに光っていた。白い画用紙一面に、こぼしたみたいな水色の空間が広がっている。どこまでも飛んでいけそうだ。

 

「ほんとだー」

 

呟いたひとりごとが、ヒナにも届いたらいいのにな、なんて思う。

 

 

 

学校はそれなりに楽しい。それなり、なんて言い方をすると楽しくないみたいに聞こえるかもしれないけれど。
ただ、これはみんな感じていることだと思うけど、刺激はちっともない。だって生徒のほとんどは小学校からの持ち上がりで、そりゃあ話したことがないやつが一人もいないってわけじゃないけど、たいてい顔くらいは知っている。
硬くて着心地が悪いなって思っていた制服にもずいぶん慣れてきた。もっとも、少し前に衣替えがあって、首の窮屈な詰襟から解放されたからっていうのがいちばん大きな理由かもしれない。
一時間目が体育で嬉しかったけど、身体を動かしたせいかその後はずっと眠かった。
給食を食べた後なんかは特に、もう、起きていろって言うほうが無理だ。俺は窓の外を眺めながら、数秒に一度ぐんにゃり歪む景色と格闘する。光が最大限に広がった空は、水色から白へと変わっている。

 

(そういえば、制服姿のヒナを見たことがないな……)

 

机の下で組んでいた足首を組み替えながらふとそんなことを思った。ヒナは学校とレッスンスタジオが近いから、いつも俺よりはやく着替えて練習を始めている。帰りもジャージ姿だ。
一緒に使っているロッカーにかけてあるヒナの制服は、チェックのずぼんに白のワイシャツ、えんじ色のネクタイ。ネクタイって、大人っぽくてちょっと格好いいから憧れる。

 

「豪快なあくびねえ、潮田晴生くん」

 

考えごとをしながら無意識にあくびをしていたらしい。数学の担当の松下先生が、俺の机の目の前に立ってにっこり笑っていた。
数学は英語の次に苦手だ。算数だって苦手だったのに、名前が変わってもっと難しくなった気がする。

 

「……あ……」

 

「眠気覚ましに、前に出て問題を一つ解いてくれる?」

 

松下先生は美人だけれど、だからこそ笑顔に迫力がある。結構若そうに見えるのに、いつもベージュの口紅を塗っていて、俺はそれがちょっともったいないなあって思っている。
黒板の前に立ち、まいったなあと思いながら頭をかいた。「解いてくれる?」と言われたそれは、文字の最初っから最後までまったく、ひとかけらも、理解できない。わかっているのは式の最後がイコールになっていて、そこに答えを書くってことくらいだ。

 

「あー……えっと、うーん」

 

唸り声を上げてはみるものの、チョークの先は黒板に触れることすらなかった。後ろで、みんなのくすくす笑いが小さな波のようなってに聞こえてくる。

 

「潮田くん、問題が解けないことが悪いわけじゃないのよ。ただ、聞いていないとわかるものもわからないでしょう?」

 

ごもっともすぎて言い返す言葉もない。俯いて、「はい」とだけ答えると、「下がっていいわ。眠気は吹っ飛んだでしょう」と言って松下先生は困ったように笑った。
席に戻る途中、同じクラスでいちばん可愛い(と、みんなが言っている)篠宮さんが、「ドンマイ」と小声で言ってきた。そのすぐ後ろの席の近藤が、「だっせー」と言って笑う。篠宮さんは軽く振り向いて、近藤に注意するような目線を送った。近藤の奴はたぶん、その反応が欲しくて俺に声をかけてきたのだ。がきっぽいんだから。
残りの時間、俺は背筋を伸ばしてせっせと板書をして、教科書にアンダーラインを引いた。数学の教科書にラインなんか引いたって意味がないのはわかっているけれど、ちょっと勉強した感じがするじゃないか。
時計をちらっと見ると、二時十分だった。授業は残り十分。掃除の時間が十五分。
ショートホームルームが、長引かないといいな。

 

 

 

「なんだかハル、最近携帯ばっかり見てるのね」

 

学校から直接レッスンスタジオに行き、三時間みっちり練習をして(と言っても、ずっと踊っているわけではないけれど)自転車をこいで帰ってきたころには体の中がすっかり空っぽになってしまったみたいにお腹が減っている。
俺はお茶碗に二杯目のご飯をお味噌汁で流し込みながら、「そうかな」と答えた。
珍しくはやく帰っている姉ちゃんが、同じテーブルでお菓子をぽりぽり食べながら、「そうよ」と答える。お菓子は青い缶の、ハニーローストピーナッツだ。万年ダイエットをしているくせに、姉ちゃんはこのお菓子が大好きで常に買って家に置いている。

 

「だって、今もテーブルの上に携帯置いてるじゃない。買ってもらってからちょっと後は、もう飽きたみたいなこ

と言ってたのに。それに最近、毎晩のように電話してない?」

 

「ま、毎晩なんて、してないよ」

 

リビングのソファに座っているお母さんの背中をちらっと見ながら答えた。最近、電話料金についてちょっと叱られたばかりなのだ。
ふうん、って言いながら、姉ちゃんはなんだかにやにやしている。これは妙な誤解をしているな?と思ったけれど、それ以上話をするのはやめておいた。
ハンバーグの最後の一切れを口に放り込んだところで、メッセージを知らせる短い電子音が鳴った。俺には”♪ポロリン”に聞こえるけれど、ヒナには”♪ピロリン”に聞こえるんだって。
口の中のものを急いで飲み込み、汚れた食器を流しに運んでからメッセージを開く。ご飯の途中で携帯電話を触ると、お母さんにすごく叱られるからね(姉ちゃんは叱られても懲りずに触るけど)。

 

『後で電話してもいい?』

 

メッセージを送ってきたのは予想通りヒナだった。
レッスンの後、俺たちはほとんど話をする時間がない。っていうのも、前に一度レッスンの後ヒナと一緒にもんじゃ焼き屋さんに行ったとき、帰りがすごく遅くなってしまってから、俺には門限が出来ちゃったんだ。そのときは、お父さんとお母さんと家族会議をするはめになって、さんざんだった。……なんだか俺って怒られてばかりだ。
言ったら気にするだろうからヒナには内緒にしておこうと思ったけれど、すぐにばれた。それからヒナは、まるで俺のお父さんやお母さんみたいに、「はやく帰れ」って言うんだ。十分くらい話したってそんなに時間は変わらないのにさ。

 

「姉ちゃん、俺、先にお風呂入ってもいい?」

 

身体半分リビングから出ている状態で振り返ると、にやにやしたままの姉ちゃんが「いいよ」と言う。違う方向からも視線を感じるなと思ったら、ソファに座っていたお母さんもにやにやしている。

 

「……なんだよ」

 

唇を尖らせると、姉ちゃんは「なんでもなーい」と言い、お母さんは「ほどほどにしなさいよー」と言う。二人とも意地悪そうに笑っていて、俺はこの二人を家でずっと見ているかぎり、女の子を可愛いなんて思うときは一生こないんじゃないかって思う。
十分でお風呂を済ませて、濡れた髪のままベッドに潜り込んだ。夏は髪が乾くのがはやくていい。ドライヤーは面倒だからあまり好きじゃない。
登録してある番号のところを軽く押し、携帯電話を耳にあてる。
電話って、でも実はあんまり得意じゃないんだ。
特にダイヤルしているときがいちばん、どきどきする。ヒナが出るってわかっているのに、ヒナじゃなかったらどうしよう、と思うんだ。
だからヒナが少し硬い声で、

 

『――はい』

 

って言うのを聞くと、俺は自分でも不思議なくらいにホッとする。ヒナの声はぶっきらぼうで、自分から『電話してもいい?』ってメッセージを送ってきたのに、なにも話し出そうとはしない。

 

「ヒナ?」

 

『うん』

 

「なにしてた?」

 

『別に……あ、CD聴いてた』

 

「なんのCD?」

 

ヒナが口にしたアーティストは外国人で、俺の聞いたことのない名前だった。知らないと言うと、「カッコイイから貸してやる」とヒナが言った。
俺たちはお互い、あんまりべらべら喋らない。電話では特に、静かだって言ってもいいくらいだ。電話なのに静かって、結構致命的なことだよね。
姿が見えないぶん、沈黙は気まずい。話すことがないなら電話なんかしなければいいって自分でも思う。でも、”話すこと”はなくても、”話したいこと”があるような気がするんだ。

 

「そうだ。今日さあ、授業中にふと思ったんだけど」

 

『なに?』

 

「俺、ヒナの制服姿って見たことない。今度見せてよ」

 

ほんの少し沈黙があり、

 

『なんで?』

 

とヒナが言う。心の底から不思議そうな声だったので妙に恥ずかしくなって、

 

「別に。”ふと”って言ったじゃん。なんとなく、急に、思ったんだよ」

 

と早口で答えた。ヒナは不思議そうな声のまま、でもいちおう『ふうん』と言って、また少し黙った。
もう電話を切ったほうがいいのかなあ……と、思った。テンションが下がっていく。だって話したいことがあるような気がしても、相手にその気がなくちゃ意味ないよね。”イシソツウ”って、大事なことだと思うから。
お母さんが呼んでるから切るね、とでも言おうかと考えていたら、『じゃあさ』と、ちょっと明るいヒナの声が聞こえた。

 

『じゃあさ、今度、制服で会おうぜ。土曜日とか、レッスンが始まる前に。俺もハルの制服姿、見たい』

 

「えっ」

 

心臓が、ぴょこん、と跳ねた。身体も、ベッドの上で少し跳ねた気がする。

 

『えってなんだよ』

 

「あ、え、だって、お、俺の制服姿は見たことあるじゃん」

 

どうしてそんなに慌ててしまうのか、自分でもよくわからなかった。反射的に心臓に手のひらを当ててみたけれど、そこは特に普段と変わらず皮膚の下で動いている。

 

『あるけど、いいじゃん。見たいんだから。”ふと”思ったんだよ』

 

俺が言った言葉を引用して、ヒナがくくくと笑う。ヒナは笑うと、顔がしわくちゃになるんだ。目なんかほとんど糸みたいになっちゃうんだぜ。

 

『約束な!今週の土曜日。レッスンの前にマック行こ』

 

「……ウン」

 

見えるわけでもないのに、俺は首を縦に動かした。一瞬だけ目を瞑ると、しわくちゃのヒナの笑顔が頭に浮かんで笑いそうになった。面白いんだもん、ヒナの顔。
言ったら怒るから絶対に言わないけどさ。

 

「楽しみだなあ。土曜日」

 

――でもまだ火曜日か……――机のそばの壁に掛けてあるカレンダーを見ながらそう思っていたら、

 

『でもまだ火曜日だな。なげー』

 

とヒナが言ったので、すごくびっくりした。こういうのって、”イシソツウ”っていうのかな。

 

「でも、とりあえずは明日のレッスンで会えるじゃん。それに――」

 

『それに?』

 

「明日の朝も、話せるし」

 

『――うん』

 

ヒナが電話の向こうで、やっぱりちょっと笑った。その後に『っていうか、一人で起きられるようになれよなあ』と続けた声も笑っていた。
それから、最近はまっているゲームの話をしたり、ダンスの先生で誰がいちばん格好いいと思うかを話したり、狙っているスニーカーのことを話したりした。沈黙はたびたびあって、俺たちは二人ともばかみたいに、「そーなんだー」を繰り返した。電話を切りたくないねっていう合言葉みたいに。
俺が小さくあくびをしたのがきっかけに、今日はおひらきになった。ノートや教科書を広げることがほとんどない勉強机の上に置いてある時計は、”23:08”。俺にとっては、ほぼ深夜だ。

 

「おやすみ、ヒナ」

 

『おやすみ、ハル』

 

「……また明日ね」

 

『ん。また明日の朝な』

 

携帯電話の画面の終了の文字を押すと、ぎりぎり開いていた瞼が重力と眠気に負けて閉じてゆく。ずっと電話を当てていた右耳が、ちょっと汗ばんでいた。
頭を預けた枕は、昼間の太陽の香りがした。お母さんが、干していたのかもしれないな。
どこかでかいだ香りのような気がするけれど、どこだったっけ……
まあ、いいか。どこでも。この香り、俺、すごく好きだな。

 

目が覚めたらまた朝がくるんだ、と思ったら、当たり前のことなのに嬉しくなった。
三回朝がきたら、四回目は土曜日だ。
制服のシャツにアイロンかけておいてって、お母さんに言わなくちゃ。
おやすみなさい。
また明日。

 

 

 

*To be……*

 

 

 

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