*陽太6*いとしのばかもの

 

 

 

――510号室は、郷原・金田・三崎・潮田の四人だ――
その部屋割りを聞いたとき、ほんとうは俺だってがっかりしていたんだ。
口では「やっぱりな」って答えたし、実際同じ部屋にはなれないだろうってわかっていた。それでも、同じ部屋だったらよかったなって思わずにはいられなかった。
一年遅れて練習生になったハルが夏の合宿に参加するのは、もちろんはじめてだ。
合宿所に着くまでのバスの中で、「緊張するけどヒナがいるから大丈夫だよね」って笑っていたハルの横顔を思い出して、割り振られた部屋で荷物の整理をしているときも気が気じゃなかった。
”ヒナがいるから”が口癖みたいになっているハルが、俺と離れていて大丈夫だろうかって。
俺たちは兄弟みたいで、双子みたいで、戦友で、親友で。
ハルは俺がいなきゃ、なにもできなくて、
だから――……

 

 

 

 

 


「すっごくすっごく格好よかったんだ。なんて言うのかな、オーラが全然違ってさ……人間じゃないって感じ。やっぱり宇宙人だったのかも……」

 

大きく三つのグループに分かれ、それぞれのプログラムが始まった。
俺とハルのグループはプロジェクタのある広い部屋に集められ、ずらりと並べられた長机に座っていた。
VCR鑑賞という名目の時間で、講師の先生たちが踊っているものを観るときもあれば、先輩たちの歌番組やコンサート映像を観るときもある。ドキュメンタリータッチで撮られた映像もあって結構面白い。
と、ほんとうならハルにそう説明してやるつもりでいた。鑑賞が終わった後に先生から質問があったり、先輩たちと意見交換をする時間もあるからぼんやりするなよっていう注意もしなくちゃって思っていた。

 

「……っていうか、お前大事なことを見落としてないか?」

 

室内は準備に追われているスタッフの足音や、一人一人に配られるテキストの擦れる音で適度にざわついている。
とは言え俺たちは練習生の中でも下っ端だ。
大声でべらべら話すわけにはいかないと思い、はじめは一応声のボリュームを小さくしていたけれど、興奮しているハルは徐々に普段の声量に戻りつつある。
そう。ハルは興奮している。きっと俺がVCR鑑賞の時間について説明してやったって、右から左だろうなってわかるくらいに。

 

「なにを?」

 

きょとん、と首を傾げながら瞳を丸くするハルは、いつも通り俺にバンビを想像させた。夏らしい小麦色になった頬がうっすら赤くなっている。

 

「お前が”恋に落ちた”っていう宇宙人、この建物の中で出会ったんだろ?」

 

「そうだよ。角を曲がったときにぶつかっちゃったんだ。俺は転んじゃったけど、向こうは全然、びくともしてなくてさあ……。細かったけど、きっと鍛えてるんだよね。かっこういいなあ、そういうの」

 

むっとして言い返しそうになるのをどうにか堪えた。どうせ俺は薄っぺらいよ。でも俺だって好きで薄っぺらいわけじゃない。俺だって毎日鍛えてる。
そんなせりふが頭に浮かんだけれど、言えばきっとハルは「べつにヒナのことなんかなんにも言ってないじゃん」と言うだろう。そうだよな。ハルの頭の中に、いま、俺が入り込む隙なんて一ミリたりともなさそうだ。

 

「……それって、つまり男だよな?」

 

バンビの瞳を熱っぽくうるうるさせているハルを冷めた目で見ながら言った。
今回この合宿に参加しているのは、基本的には男性しかいない。練習生はもちろん、講師の先生もスタッフもみんな男だ。
ブルーマーブル自体には女性タレントも所属しているし、社員やスタッフにも女性はいる。でも合宿に参加するのは絶対に男性スタッフのみと決まっている。
つまり、ハルが”恋に落ちた”と騒いでいる”宇宙人”は、一般人が不法侵入してきたというイレギュラーな事態でも起こらないかぎり、どう考えても男なのだ。

 

「うん。男だったよ」

 

「それって、おかしくないか?」

 

「なにが?」

 

「だって、」

 

――だって、恋は女とするもんだろ――
そう言おうと思って、でもなぜか言葉に詰まった。ハルは頭のまわりにハテナマークを並べて不思議そうな顔をしている。
同性に恋に落ちたということをおかしいと思わないハルのほうがよっぽど不思議だけど、でも、じゃあ、”恋は女とするもの”なのかな。ほんとうに。

 

「だって、そんなの、おかしいだろ」

 

結局上手く言えなくて、ぼそっとひとりごとみたいに呟いた。
ハルは数回瞬きをした後、

 

「へんなヒナ」

 

と笑った。いつも通り――ううん。いつもより、ちょっと艶っぽい笑顔に感じられた。染まった頬が恨めしい。
なにか言い返そうと口を開いたが、ちょうど部屋の前にスタッフが並び始め、室内のざわつきは自然と治まった。
不服気な俺の表情にちっとも気づくようすのないハルは小さな声で、「っていうか、VCR鑑賞ってなにするの?」と今更になて訊ねてくる。
浮かれてるお前になんか教えてやるかよって気持ちでじろりと睨むと、ハルは唇を尖らせてなにか言いたげに俺の服のすそを引っ張った。どうせ、「おこりんぼ」とか「いじわる」とかそんなことだろう。

 

「はい。えー、VCR鑑賞を始める前に、みなさんに紹介しておきたいゲストがいます」

 

前に立ったスタッフの言葉に、部屋中が再び大きくざわめいた。
あちこちから「マジで?」とか「やっぱり」という声が聞こえる中、隣のハルだけがまたしてもきょとんとした顔で、

 

「ゲスト?」

 

と能天気にぼやいている。

 

「ヒナ、ゲストってなんのこと?去年もこういうのあったの?」

 

「だから、さっきそれを教えてやろうと思ってたのに――」

 

数十分前、階段の踊り場でハルを待っていた自分を思い出すと妙に虚しかった。ホールに集まる前に二人で会おうって送った俺のメールに、『うん!』って返信が来たときはあんなにわくわくしていたのに。
ハルも同じ気持ちでいるのだと思っていた。部屋が離れてしまったことも、先輩たちに囲まれて一週間過ごさなきゃならないことも、やっぱりどこか心細くて。
俺に会いたいって思っているんだろうなって、そう思っていたのに。
待ち合わせ場所にハルは来なかった。
ギリギリでホールに滑り込んできたときは、心ここにあらずっていう感じのぼんやりした表情で、恋に落ちたなんて言うんだもんな。
バカじゃねえの。バカじゃねえのバカじゃねえの。恋がどういうものなのかなんて、ほんとうは知らないくせに。

 

「静かに!仕事と仕事の合間にわざわざ来てもらったんだから、失礼のないように。――じゃあ、入ってもらって」

 

部屋の後ろにあるドア付近に立っていたスタッフが、「はい」と頷いてからドアノブを回す。
長机に座っていた何十人という練習生が一斉に振り返る。俺たちは前のほうの席に座っていたのでずらりと並ぶ後頭部がよく見えた。そうして改めて見ると圧倒される人数で、これだけの人間の視線がいっぺんに注がれたら、頭が真っ白になるだろうなって思った。
でも、ドアの向こうにいる”ゲスト”は、一度に何万人という数の人からの視線を浴びている人物なのだ。
みんなの噂が、ほんとうなら。

 

「――わ、」

 

という、息みたいに小さな声が自然と漏れた。広い室内に静かな興奮と緊張が一気に立ち込めるのを肌で感じた。
開いたドアから入ってきたのは、噂されていた通りの人物だった。
ブルーマーブル・エンターテイメント所属のグループの中で一番――ううん、今、日本中で一番有名なダンス・ヴォーカルグループである”LuIz”の、レイだ。
テレビの画面に写っている人が目の前にいる……という、すごく基本的でバカみたいな感想しか出てこなかった。
我が家にはLuIzのライブDVDがファースト・ライブから最新のものまですべて揃っている。
実は、母さんがLuIzのファンなのだ。歴は浅いけど、ファンクラブに入っちゃうほど、結構マジなファン。
いい年してライブTシャツなんか着ちゃって恥ずかしいなとも思うけど、チケットの余りが出たとかで一度だけおこぼれで連れて行ってもらったLuIzのライブは圧巻だった。
レイももう一人のメンバーのイオリも物凄く背が高い。”背の高いやつのダンスは振りが大きいばかりでなんとなく雑”という持論を持っていた俺に(ちびのひがみじゃないぜ)、二人の生のダンスパフォーマンスは衝撃を与えた。軸がぶれなくて、ダイナミックで、且つ繊細で。

 

「マジで、本物のレイだ……」

 

机の間を通り、スタッフと談笑しながらレイがこちらに向かってくる。父さんが見ていた古い宗教映画のワンシーンみたいに、人々が仰け反るようによけて道が出来る。
隣のハルを振り返ると、俺と同じようにぽっかりと口を開けていた。
ぽうっと赤く染まっている頬に若干むっとしたけれど、相手がレイじゃ仕方がない。ハルは歌番組もほとんど見ないらしいしアーティストの情報に鈍いけれど、LuIzは知っているのだろう。

 

「なあ、ハル、すげえな」

 

俺の囁きは、ハルの耳にはまったく届いていないらしかった。

 

「……うちゅーじん、だ」

 

「……は?」

 

スタッフとレイが俺たちの机の列をいままさに通り過ぎようとした瞬間、がたん!と大きな音を立てて椅子が倒れた。
ハルが勢いよく立ち上がったのだ。
ざわついていた部屋は一瞬にして静まり返り、皆の視線がハルに注がれていた。スタッフも、講師も、もちろんレイも、ハルを見ていた。スタッフの中に「また潮田晴生か……」という呆れた空気が漂っている(気がする)。
青ざめる俺とは対照的に赤い顔をしたハルは、

 

「さっきの、あの、宇宙人……!」

 

と叫んだ。きらきらしているハルの瞳には、レイだけが写っていた。
部屋中がハテナマークで埋め尽くされるという気まずい沈黙を破ったのは、スタッフではなかった。ため息を吐きながら、「こら潮田……」と言いかけたスタッフの言葉を遮ったのは、宇宙人呼ばわりされたレイ本人だった。

 

「ああ。さっきの携帯電話の子だ」

 

長い脚で空気を捌くように歩くレイが、そう言ってハルの前で立ち止まった。近くで見るとやっぱり物凄く大きいけれど、思っていたよりずっと細い。無駄という無駄を全部省いたらこうなりました、っていうお手本みたいな体型だった。
レンズの大きなサングラスをさっと外すと、

 

「こんにちは。さっきは大丈夫だった?後から痛くなってきたところとか、ない?」

 

と、レイがハルに言った。
もちろんすごく整った顔をしているんだけど、切れ長の瞳を細めて笑うレイの表情は柔らかくて、なんだか近所のお兄さんって感じだった。自分が声をかけられたわけでもないのに、俺の頬もカアッと熱くなった。
突っ立っているハルなんかもう、茹だったタコかってくらい真っ赤な顔をしている。マジで湯気でも出てきそう。

 

「だ、だ、だいじょ、ぶ、です」

 

「そう。よかった」

 

レイの掌がハルの髪をくしゃっと撫でる。節くれだっていない長い指は女性のようだったけれど、ハルの頭を包み込んでしまうくらい大きかった。
恥ずかしそうに俯くハルの横顔を見ていたら、胸がずきっと音を立てて痛んだ。ほんとうに痛いときって、心臓に衝撃が走るの。知らなかった。
だけど、心臓を押さえて眉根を寄せる俺のことをハルはまったく見ていなかった。
宇宙人=恋に落ちた相手で、宇宙人=レイなら、恋に落ちた相手=レイ、ってことだ。
バカハルの初恋?
そんなの憧れって言うんじゃないのって茶化して終わりだと思っていた。でも、部屋の前に立って挨拶を始めるレイを食い入るように見ているハルの眼差しは真剣で、なんだか冗談じゃないみたいだった。
親友として、応援してやるべき?

 

……知るか。バカ。

 

 

 

夕食は七時から八時。だだっ広い食堂はシステム化されていて、俺たちはそれぞれ自分のトレイを持って決められた順に並び、決められたおかずを受け取っていく。
作ってくれるのも渡してくれるのも人間だけど、皆白い帽子に大きなマスクをしていて顔はほとんど見えない。だからすごく機械的な感じ。ベルトコンベアに乗せられた荷物みたいな気分で、ほうれん草の炒めたのとか、鶏の唐揚げとかを貰う。
食べるときまで班ごとに分かれろなんていうナンセンスなことは言われなくて、だから当たり前みたいに俺の隣にはハルが座っていた。
スー兄や、他の同期のやつも固まっていたからまだよかったけれど、正直ハルの顔をみたくなかった。だって、なんか凹んじゃうんだもん。なんかよくわかんないけどさ。
VCR鑑賞のあとは別々のレッスンスタジオで講習を受けていたから、ハルに会うのは数時間ぶりだ。
同じグループだったやつらと、「さっき先生が言ってたのってさあ」と会話をしているハルはいつもよりいきいきしているように見えた。
そりゃあそうだ。
驚くべきことが起きたのだ。
あの時間、レイが俺たちの前で話をしたのは十分程度だった。ほんとうに挨拶程度で、話の内容も特別なものじゃなかったしレイに直接質問できるような時間もなかった。
「それじゃあ、次の仕事があるので」と話を締めくくったレイは、部屋を出る前にまたハルの前で立ち止まったのだ。
透き通った瞳でハルを見つめたあと、
「がんばれよ」
って、大きな手でふたたび髪を撫でた。さっきは近所のお兄さんみたいに見えた優しい瞳は、今度はちょっと色っぽく感じられた。まさかね。
部屋は妙な空気になった。だって、そんなことをされたのはハルだけだったんだから。
それからハルは上機嫌だ。背中から羽根が生えて飛んで行っちゃいそう。
俺のことなんか見えていないなら見えていないでいいのに、食堂に入ってきた瞬間、でっかい声で「ヒナー!」って叫んで飛んできた。
会いたくなんかなかったのに。

 

「あーお腹減った!いただきますっ」

 

「――ここ、座っていい?」

 

にこにこしながら勢いよく唐揚げを箸でぶっ刺したハルの向かいの席に、そう言って先輩たちが掛けた。

 

「もちろんどうぞ。お疲れさまです」

 

率先して言ったのはスー兄だ。俺もハルも慌てて頭を下げ、「お疲れさまです」と言った。計五人いた先輩たちは高校生と大学生で、デビュー間近と囁かれている人たちだった。
練習生にも上下関係はある。ブルーマーブルは実力主義だから、練習生の期間が長いとか、まして年上だからという理由で威張っていいってことはない。会社的には”上下関係はなく、皆がライバルで皆が仲間”ということらしいけど。
いくら会社が表立ってそう言っても、やっぱり年上は年上。皆が仲良しこよしってわけじゃあない。
はっきりとグループ分けされてはいないけど、いま目の前にいる人たちが広い食堂の中でわざわざ俺たちのそばに座るメンバーではないことは確かだ。

 

「潮田くんってさ、どうやってブルーマーブルに入ったの?」

 

先輩のうちの一人が言う。コンドーだったかセンドーだったか、ちょっと濃ゆい系のイケメンだ。

 

「へ……?どうって……オーディション受けて……。あ、俺、お姉ちゃんがいるんですけど、」

 

不穏な空気を察していないのはハルだけだ。俺たちの同期のやつらも、皆途端に静かになって皿の上のものを突いている。
俺の隣に座っていたスー兄が横目で講師陣を探したけれど、どうやらこの席からは死角になっているらしい。

 

「そんなこと聞いてるんじゃないんだけど」

 

コンドー(センドー?)の隣の男がハルのせりふを遮る。眉間には皺が寄っていて、明らかに不機嫌な顔だった。

 

「なんかさあ、どういうコネでうちに入ったのか知らないけど、レイさんに取り入ろうとかほんと身の程知らずにも程があるから。実力ないからせめて愛想振りまいて可愛がってもらおうって魂胆が見え見え」

 

ぽろ、と、ハルの唐揚げが茶碗の上に落ちた。

なにが起こったのかまったくわからないという顔をしている。

 

「色目使ってんじゃねえよ」

 

捨て台詞のようにコンドーが言い、五人は結局席を立った。「ああいうのがいると輪が乱れてマジで困るよなー」という、これ見よがしな大声が聞こえる。

 

「ハル、気にしちゃだめだよ。VCR鑑賞の時間のこと、ちょっと変なふうに噂になってるみたいなんだ」

 

スー兄が言う。

 

「変なふうって?」

 

ぼう然としているハルのかわりに俺が訊ねた。スー兄は肩を竦め、「さっきの人たちがやっかみで言ったみたいな感じのこと」と言うだけだった。
泣き虫のハルは、でも泣き出したりしなかった。俯きがちにぎゅうっと唇を噛みしめる横顔が痛々しくて、俺の心臓はまた痛くなった。
でも……なんて言うんだろう、この気持ち。
ほんの少しだけ、「ほら見ろ」って言いたくなったんだ。
ハルががんばってるのはよくわかっている。レイに出会ったのだってほんとうに偶然だったのだろうし、もちろん色目なんか使っていない。
ただ、たださ……俺も、心のどこかで、「ハルはずるい」って思っていたんだ。
人目を引く可愛い顔をしていて、明るくて裏表がなくて、ちょっと抜けてるところやずうずうしいところもあるけれど、それに呆れ顔をしているスタッフや講師陣だって結局皆ハルを可愛がっている。
努力しても、しても、俺はハルの”おまけ”みたいな気がして。

 

「……ハル。唇、そんなに噛んだら血が出ちゃうぞ。メシ食えよ」

 

髪を撫でようと出した手を、俺はハッとして引っ込めた。
自分の手があんまりにも小さくて、頼りなくて、さっき見たレイの手とは全然違っているのが恥ずかしくなったのだ。
顔を上げたハルは一瞬不思議そうに首を傾けたけど、

 

「うん……」

 

と小さく言って、無理やり詰め込むように食事を再開した。

 

 

 

「なあ陽太。ほんまにお前大浴場行かへんの?サウナとかもあって楽しいのに。気分転換になるで?」

 

同室の間宮くんがタオルや下着を一まとめにしながら言う。三回目になる問い掛けに、間宮くんと同期の新田くんが、

 

「しつこいよお前。陽太がシャワーでいいって言ってんだからそれでいいの。じゃあ、陽太、俺らちょっと風呂行ってくるから」

 

と、間宮くんの首根っこを引っ張って笑った。「ちょ、新田ちゃん痛いわー」というひょうきんな間宮くんの関西弁に、もう一人の同室メンバーである西野くんもくすくす笑う。
大浴場に行くと言う三人の先輩たちを見送って、俺は一人だけ部屋のシャワーで汗を流した。

 

「俺の部屋割りはアタリだったなあ」

 

嫌になるくらい細い腕をスポンジでごしごし擦りながらひとりごとを呟いた。声は、シャワーのお湯がタイルに叩きつけられる音に紛れてすぐに消えてゆく。
間宮くんと新田くんは、共に練習生三年目の高校二年生だ。西野くんは一つ年下の高校一年生で、練習生歴は俺と同じく二年目になる。
三人とも凄く優しい。関西出身の間宮くんは特に、一人年下の俺を緊張させないように色々と気を遣ってくれる。
でも、気を遣わせちゃうのもなんか情けないな……。

 

「ハルのやつ、どうしてるかなあ」

 

スー兄がいるから平気だとは思うけれど、金田くんはマイペースな不思議キャラだし、郷原くんは体育会系で厳しい人だ。レイの一件について、なにか言われたりしていないだろうか。
と、そこまで考えて、バカバカしくなった。どうして俺はいつもハルのことばかり考えてしまうんだろう。
ハルの周りにはあいつを可愛がってくれる人がたくさんいるし、ハルの頭の中には俺はいないのに。一人であれこれ心配したって、肩透かしを食わされるだけだ。
シャワーを浴びたのにちっともさっぱりした気持ちにはならなかった。
パジャマがわりのTシャツとハーフパンツに着替えて、二段ベッドの上段にごろりと寝転がる。
精神的にも身体的にも疲れていたのか、寝転がっただけで自然と瞼が重くなった。

 

(アラーム、かけとかなきゃ……)

 

そう思って携帯電話を手に取った瞬間、タイミングよくそれがぶるぶると震えた。

 

「っわ!」

 

『着信:ハル』

 

画面にはそう表示されている。出ないでおこうか、と一瞬思ったけれど、無視するのも男らしくない気がして通話ボタンを押した。

 

「……もしもし……」

 

「あ、ヒナ?」

 

電話越しのハルの声はいつもより少し落ち着いて聞こえる。今日は特に、落ち着いていると言うより沈んでいるようだった。

 

「なに?」

 

「ん。ちょっと、時間あったから」

 

「ふうん。それで?」

 

自分の意思とは関係なしに言葉がつっけんどんになる。優しくしてやりたいって思うのに。

 

「……特に、用があったわけじゃないけど……。ヒナどうしてるかなあって思って」

 

「べつに。どうもしないけど」

 

ハルが黙った。
俺もなんて言ったらいいのかわからなくて黙った。

 

「――きょ、今日、びっくりしたな。俺、廊下でぶつかった人があんな有名人だって知らなくて。なんか、出しゃばっちゃって!」

 

沈黙に耐えかねたのか、ハルはわざとらしく声を明るくして話題を切り替えた。でも、なにもその話じゃなくてもって思うけれど。そういう空気が読めないところがハルらしいと言えばらしい。

 

「……ああ。うん。お前、レイ知らなかったの?」

 

「LuIzは知ってたんだけど、顔とかはっきりは知らなかったんだ。ぶつかったときはどきどきしてて、冷静に見てなかったし」

 

どきどき、ねえ。

 

「そう」

 

「でも、いま思い出してもすっごいどきどきする。なんか、まさかあんな人とって……」

 

「まあ、そらそうだわな」

 

すっごいどきどき、ねえ。

 

「なあ、ヒナ。ちょっと部屋抜けられない?俺、ヒナの顔見て話がしたいよ」

 

いつもなら二つ返事で「いいぜ」って言うところだった。ハルが俺を頼ってくるのはすごく嬉しかった。
でもいまは、嫌だ。
だって会えばどうせ、レイの話をされる。格好いいとか、どきどきしたとか、そんな話面白くもないし、聞いたって仕方ない。
相手はあのレイなんだぜ?
ハルのことなんかすぐに忘れちゃうに決まってるじゃん。
初恋なんて叶うわけないだろ。バッカじゃねえの。

 

「……いまは、無理。同室の先輩らと大浴場に行ってるから」

 

どうしてそんな嘘を吐いたんだ?って、このときの俺に言ってやりたい。けれど、いまさら悔やんでもあとの祭りだ。

 

「……うそつき……」

 

数秒の沈黙のあとに聞こえたハルの声は、いままで聞いた中で一番低い声だった。

 

「え、」

 

耳に当てた携帯電話から、もやもやとした雑音が届いた。その中に、聞き覚えのあるイントネーションが雑ざっていた。――せやからー!新田ちゃんはちょっと俺に厳しすぎる思うねん!――、――意味わかんねえし。声でかいし――、――ホラその冷たい目え!なんでなん!――それは、ついさっきまで聞いていた先輩方の声だった。俺がいま”一緒に大浴場に行っている”はずの。

 

「あ、え、な、なん、」

 

「ヒナと同室の先輩たち、いま俺の部屋に来てるよ。皆で大浴場行こうって。ヒナは部屋でシャワーするって言ってたって聞いたから、俺、心配になって、電話したのに」

 

「あ、え、えっと、」

 

「うそつき。ヒナのうそつき。うそつきいじわるちび!」

 

「ハ、」

 

「もう知らない!」

 

ブッ、と、通話は断ち切られた。「ハル」の「ル」も言わせてもらえないままに。

 

 

 

って言うか、俺が悪いわけ?
なんで?

 

俺が、

俺が、悪いのか……。

 

ええ?

 

 

 

 

 


*To be……*

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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