*陽太1*LIKE

 

 

 

なにかを好きになることって、そんなに、大袈裟なきっかけがあるものじゃない。
たとえば、そうだな。俺はチョコレートが好きなんだけど、「チョコレートを好きになったきっかけは?」とか、「どうして好きになったの?」とか訊かれたって、わからない。
そもそも初めて食べたのがいつなのか、わからないわけだし。
だから、ダンスも同じ。
こっちに関しては、初めてそれらしき動きをしたときを覚えてはいるけれど、きっかけってほどのものじゃないね。
たいてい、そんなものさ。
たいてい……。

 

 


初めてブルーマーブル・エンターテイメントのオーディションを受けたのは、今から約二年前の、小学五年生の春だった。
ああ、ここで、説明が少し必要なのかな。ブルーマーブル・エンターテイメントっていうのは、簡単に言うと芸能事務所だ。日本国内では最大手って言われている。実際のところは知らないけれど、確かに毎日テレビに映っているアイドル、アーティスト、俳優、タレント、コメディアン……どれをとってもブルーマーブルの所属だって言うから、たぶん間違いないんだろう。
俺はその会社の、アイドルグループを輩出する部門に練習生として属している。
練習生っていうのはいわば、下っ端中の下っ端。テレビなんかほとんど出られないし、出られたとしてもモブだね。別にモブをバカにしてるわけじゃないけど、何年間も練習生として過ごして、モブのまま終わっていく人もいるんだって聞くと、やっぱり「げえ」って思う。
俺はそうはなりたくない、って。
なりたい・なりたくない、で言えば、最初からアイドルを目指していたわけじゃない。アイドルって、響きがなんかダサいしさ。実際。
俺が好きだったのは、ダンスだ。ダンスは小学二年生のときから、三つ年上の姉と一緒に家の近所のスクールに通っていた。先生もいい人だったし、スクールは小ぢんまりしていて好きだったけれど、俺はだんだん、「女の子と一緒にやるダンスじゃなくて、もっとハードなやつがやってみたい」って思うようになった。スクールが推奨していたのはジャズダンスで、先生はそこにバレエの動きも取り入れていたからね。ちょっと、キレイめな感じなわけ。
ブルーマーブルを受けることになったのは、姉ちゃんの提案だった。
テレビに出ている芸能人が”事務所”に入っているのだと知ってはいても、もちろん誰がどの事務所かなんて知らなかった。姉ちゃんはダンス・ヴォーカルグループをいくつか挙げて、「みんなブルーマーブルの所属だよ」と、声を潜めて言った。まるで機密事項であるかのように。
ふうん、っていうのが、俺のそのときの気持ち。ふうん。芸能人かあ。ダンスをして金を稼ぐには、それがいちばん手っ取り早いのかなあって。
姉ちゃんが半ば勝手に送った書類審査には、俺も――出した本人である姉ちゃんでさえ――驚くほどあっけなく受かった。
なーんだ、簡単なもんだな。と思って受けに行ったオーディションには、これまた驚くほどあっけなく、落ちた。二年前の小学五年生の春。忘れもしない。
正直、まわりはへたくそなやつばかりだった。ダンスなんかしたこともないばかりか、突然連れて来られたらしく、べそをかいているやつもいた。そりゃあ俺だって、「じゃあ好きな歌を、どんなものでもいいから歌ってみて」って言われたときはちょっとびびったよ。人前で歌を歌うなんて、音楽のテストくらいでしか経験したことがない。
でも俺は、受かるだろうって思っていたんだ。受かったら、プロの人たちに雑じってがんがん練習が出来るんだろうな。デビューってどれくらいで出来るって決まりがあるんだろう?って考えていた。
そんな感じで落ちたから、必要以上に落ち込んだ。
思えば、あれが、俺の人生の初めての挫折。
それからの一年は、心構えも随分違った。ずっとお世話になっていたスクールの先生に紹介してもらったスタジオに通って、毎日みっちり練習した。ダンスだけじゃなくて、ヴォーカル・レッスンとかいうのも。
ブルーマーブルのオーディションは不定期に行われていたから、いつだって気が抜けなかった。姉ちゃんと一緒に、ファッション誌を読んだりもしたよ。見た目だってそりゃあ、大事だから。
これが、アイドルになりたいからなのか、オーディションに落ちた悔しさなのか、自分でもよくわからなかった。
でも、上達すれば褒められるし、褒められれば嬉しい。自分でも上手くなっていく実感があった。
それで、初めての挫折のちょうど一年後――今からだと、ちょうど一年前――俺は晴れて、ブルーマーブル・エンターテイメントのオーディションに、合格したんだ。

 

 

自慢じゃないけど、友達作りは得意だ。というのも、俺の家は結構大きめの会計事務所をやっていて昔から人の出入りがすごく多い。年末年始なんかは、誰が血の繋がっている人で誰が赤の他人なのかわからないくらいだ。まあ、お年玉がたくさんもらえたらそれでいいんだけどね。
新・練習生としてブルーマーブル保有のビルのレッスンスタジオに入って行ったときは、もちろん人の多さや注目を浴びることに緊張はしていたけれど、一週間も通っていればすぐに打ち解けた。小学生だっていうのも、打ち解けやすかった点の一つかな。
中でもとりわけ一緒に行動するようになったのが、三崎敏だ。歳は二つ上だけど、練習生になったのは同時期だから、同期の仲間。最初は「三崎くん」って呼んでいたけれど、いつの間にか「スー兄」って呼ぶようになった。「すすむ」の「す」を取って、スー兄。
スー兄は、見た目は女の子みたいに可愛いから、あんまり「兄」って感じじゃない。でもそれは見た目上だけで、話し方がすごく落ち着いているところとか、まわりをよく見ているところなんかは、もっと年上の人たちよりもずっと長けていて尊敬する。育ちのいい、賢いお坊ちゃま。それが、スー兄だ。
見た目……うん、大事なことだよな。さっきも言ったけどさ。なんたって、アイドルになりたいわけだから。
こういう場所だからって、360度どこを見渡してもイケメンばっかりってわけじゃない。むしろパッと目を引く美形なんてそうそういなくて、俺だってもちろん、美形なんて言われたことはないし思ったこともない。

 

「目がなあ……」

 

平日のレッスンは夕方の五時からだ。たいていみんな一時間前には集まり始めて、ウォーミングアップや振付のおさらい、宿題として出された曲の解釈の話なんかをしている。
スポーツドリンクを一口飲んでそう言った俺を、スー兄が不思議そうな顔で振り返った。スー兄の目は、超でっかい。少女漫画かよ、って感じ。

 

「目?なんの話?」

 

「俺も、スー兄みたいに目が二重ででかかったらなあ」

 

「なにそれ、突然」

 

口を開かずにくすっと笑うのはスー兄の癖だ。ときどき、見透かされてるっていうか、バカにされてる?って感じるときもあるけれど、大人っぽいその笑い方がスー兄にはよく似合う。

 

「だって、俺一重なんだもん。やっぱり、二重のほうがさ、いいよ」

 

「顔なんか人それぞれ個性でしょ。それに、陽太は脚が長くて全体のバランスがすごくいいし。きっとこれから背も伸びて、もっと格好よくなるよ」

 

「背、伸びるかなあ……」

 

俺の身長は、クラスの中でも小さいほうだ。もう少し具体的に言うと、前から三番目。父さんも母さんもあんまり大きいほうじゃないから、遺伝に頼ってどうにかなるとも思えない。

 

「伸びるさ」

 

ニコッ、と、スー兄は笑う。白い歯は綺麗に揃っていて、理科室に置いてある模型みたいだ。あ、これ、褒め言葉ね。
スー兄はいい人だし、すごく好きだけど、でも俺の気持ちなんてわからないだろうな、っていうふて腐れた気分になるときもある。なんでも平均よりちょっと上くらいにこなしちゃうし、とにかくイケメン。俺の姉ちゃんだって母さんだって、一度スー兄を家に招いたら、その後からすっかりファンになっちゃってさ。「敏くんみたいな子が、アイドルになるために生まれてきた子なんでしょうね」なんて、ウットリしちゃってる。ちぇっ。
でも、スー兄みたいな人はほんとうに特別だ。
レッスンスタジオを見渡しても、そんなに格好よくないやつなんていっぱいいるし、年上の先輩にはにきびがひどい人もいる。なんで受かったんだ?みたいな、スポーツ刈りのやつとかも、いる。
イケメンなんて、そうそういないよ。
俺は我が道を行くぜ。

 

 

今年は不作だったのか、俺たちよりも一年後に入ってきた練習生は少なかった。でも、あいつが目立っていた理由は、それとは関係ないと思う。
ときどき、いるんだろう。世の中には。何十人の中にいても、何百人の中にいても、どうしても目が吸い寄せられちゃうやつってさ。
それが、潮田晴生(しおたはるき)だった。
講師の後についてぞろぞろと入ってきた新・練習生たちは、壁沿いに並んで緊張した顔で一人一人挨拶をしていく。潮田晴生は今回の合格者の中では最年少だった。
同い年で、身長も俺と同じくらい――つまり、自分で言うのも辛いけど、ちび。ガリガリと言うより華奢な作りの身体で、片手でも一周まわっちゃいそうなくらい細い首の上に、小さい頭がついていた。
目は、もちろん二重瞼。瞬きをするとまつ毛がディズニーアニメのバンビみたいに揺れる。鼻は、美術室に置いてある石膏像のそれのようだ。

 

「し、潮田、晴生、です。よろしくお願いします」

 

今日のために用意しましたっていう感じの、新品のナイキのトレーニングウエア。講師に、「緊張してるね」と背中を叩かれて、恥ずかしそうにはにかんでいる。
ハッキリ言って、俺、すごく嫌な気分だった。あーあ。顔だけで選ばれるやつはいいよなっていうようなね。
そりゃあ、潮田晴生がダンスも歌も人並み以上って言うならわかるよ。その上顔が整っているんだったら、事務所的にもこいつを入れない手はないだろう。
でも初日のレッスンで見る限り、潮田晴生はダンスも歌もド素人だった。一生懸命やっているのはわかるけどさ(俺だって、意地悪ややっかみで言っているんじゃない)、やればやるほどへっぴり腰って言うか。

 

「潮田くん、飲みもの持ってきてる?もしなかったら、ぼくのドリンク飲む?」

 

一時間の基礎練習を終えた後、俺の隣にいたスー兄が潮田晴生にそう言って声をかけた。まわりの人たちもみんな、潮田晴生をチラチラと見ていた。この中で変に意識せずに声をかけられるスー兄は、やっぱり大人だな。と思うと同時に、「イケメン同士ですもんねー」と、またまたふて腐れた俺が出てくる。

 

「あ、だ、だいじょうぶ、です」

 

汗ばんだ髪の生え際を肘で拭いながら答えた潮田晴生は、ひどく赤い顔をしていた。体力がないんだろうか。

 

「はじめまして。ぼくは三崎敏。潮田くんより歳は二つ上。よろしくね。最初はちょっときついかもしれないから、まわりのことは気にせずにしんどくなったらすぐに水分補給したほうがいいよ」

 

「あ……」潮田晴生の頬が、安心で緩む。「どうも、ありがとう」

 

嬉しそうに笑う顔が、熱でとろとろに溶けたマシュマロみたいだった。……って、なんか気持ちの悪いポエムみたいだけど、でも、食べものっぽい感じだったんだ。うん。

 

「ハルキって素敵な名前だね。ハルって呼んでもいい?季節の”春”?」

 

「――あ、いえ。晴れの日の、ハル、です。晴れの日に生まれたから、晴れと、生きるっていう字で晴生……。あの、ハルって呼んでください」

 

単純な名前。
そう思いながらいつも以上にドリンクをがんがん飲んでいたら、腹がちゃぷちゃぷになった。

 

「じゃあ、ハル。あ、こっちはね、ぼくの同期で、でも歳はハルと一緒だよ。ほら、陽太」

 

「えっ」

 

突然名前を呼ばれて、変な声が出た。しかも思いのほかでかい声が。潮田晴生が、若干たれ気味の、丸い大きな瞳で俺を見ていた。バンビの瞬きが、数回。

 

「なに、大きい声出して。自己紹介しなよ」

 

スー兄の言葉に、俺より先に潮田晴生が話し出した。

 

「あ、こんにちは、潮田晴生です!」

 

知ってるよ。さっきから何回も聞いてるし。
俺がちょっとうんざりした顔で視線を送ると、潮田晴生は俯き加減になって眉を下げた。スー兄が、「陽太」と、とがめるように言う。なんだよ。俺が悪いわけ?

 

「……赤木陽太」

 

ぼそっとそれだけ呟いた。スー兄がかすかなため息を吐く。
潮田晴生は、唇の先を尖らせて上目遣いに俺を見た。眉の間にちょっとだけ皺が寄っていて、それは俺に、オモチャを取り上げられた子犬を連想させた。
ぶりっこ、って俺は思った。可愛い顔をして、可愛い仕種をするなんて、なんていうか嫌な感じじゃん。

 

 

一度苦手意識を持ってしまったら、それを払拭するのってなかなか難しい……と、思う。ふつうは。
でも、潮田晴生にとっては、まったく難しいことではなかったみたい。
たぶんあれは、潮田晴生が練習生としてやってきてからの初めての週末だったと思う。土曜日の練習は二時から五時までだ。日曜日はオフ。
俺はちょっと確認しておきたい動きがあって、レッスンが終わってから講師のいる部屋に向かうところだった。練習生はたくさんいるからレッスン中には直接質問出来ないことも多いし、どうせレッスンが終わってすぐのシャワールームは混んでいるからちょうどいい。

 

「あ!赤木!」

 

背中に声をかけられて振り返ると、大きな瞳に捉まった。

 

「えっ」

 

ぱたぱたぱた、と軽い音を立てて近づいてきたのは、なんと潮田晴生だった。お互いあまりいい印象を持たなかった(であろう)初日以来、初めて会話をする。
潮田晴生もまだ練習中に着ていたトレーニングウエアのままだった。首にかけたタオルでごしごし顔を拭きながら、「お疲れ!」と笑う。ほんとうに疲れてんのかよ、とツッコミたくなる晴れ晴れとした笑顔だ。

 

「あのさ、俺、赤木に言いたいことがあってさ」

 

ぴたり、と俺の前で立ち止まり、わずかに首を傾げながらふたたび笑った。スー兄はものすごく綺麗な歯並びをしているが、潮田晴生はちょっとだけ、八重歯が目立つ。

 

「な、なに」

 

「あのな、赤木って、すっげーダンス上手いな!」

 

ニパァッ、と、またしても笑顔。
突然言われてどう反応すればいいのかわからず、口を開けて黙っていた。潮田晴生はそんな俺なんかお構いなしに、

 

「ほら、レッスンスタジオって壁が鏡だろ?俺、最初は余裕なくて、自分と先生ばっかり見てたんだけど、隣で踊ってる赤木がすっごくすっごくダンスが上手いってことに気付いてさ!それを、伝えたくて!」

 

「……はあ」

 

さんきゅ……、と、どうにか言ったら、まくし立てるような口調と同じ勢いで潮田晴生が俺の両手をぎゅっと握った。「えっ」と驚いて身体を後ろに引いたけれど、全然、俺の戸惑いに気付いていない。

 

「振りとか、またわかんないことあったら聞いていい?俺も赤木みたいに踊れるようになりたいから。ね、いいだろ?」

 

上目遣いに見えるのは、潮田晴生のほうがほんの少し背が低いので仕方がないことだった。それにしても、ぶりっこ。天然の。

 

「い、い、いいけど」

 

首から頬にかけて、カァッと熱くなっていくのがわかった。潮田晴生は、「やった!ありがとう!」と言って、手を離した。
それからしばらくして、いつの間にか、俺は潮田晴生を「ハル」と呼ぶようになったし、俺は「ヒナ」と呼ばれるようになった。ハルのダンスはぐんぐん上達していて、ときどき「うかうかしてられねえ」と思うけれど、そう思える相手――ライバルって言うの?が、近くにいるのはやっぱり楽しい。これはいわゆる、”セッサタクマ”ってやつだね。
いつの間にか、とか、なんとなく、とかいうので、世の中はなりたっているんだろう。たぶん。ま、そんなに難しく考えるほどのことじゃあ、ないよね。

 

たいてい、そんなものさ。
たいてい……。

 

 


*To be……*

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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