*Santa Claus is・・・*

 

 


十二月。縮み上がりそうなほどつめたい風がびょうびょう吹いて、指先や鼻の頭、耳なんかをきんきんに冷やしていく。
風が吹くたびに無口になる俺とは対照的に、忙しなく動いている母さんは着ていたダウンジャケットの前を開けて、「動くと暑いわねえ」なんて言っている。

 

「ああ、もう陽太、その電飾はそっちじゃないの! それは門にかけるのなんだから。ほら、おもてにまわって、あっちにかけてきて」

 

「……」

 

そっちとかあっちとかアレとかソレとかいう言葉を多用しだしたら老化のはじまりなんだぜ、と思いながら、言われた通り門を開けておもてにでる。
だいたい、俺がちょっとエアコンの温度設定を高くしただけで「電気代の無駄」ってがみがみ怒るくせに、一銭の儲けにもならないイルミネーションのためにどれだけの電力――と、俺の体力――を消費するつもりだろう。

 

「やっぱり、これをするとクリスマスシーズン到来! っていう気がしていいわよねえ」

 

「……」

 

クリスマスが近くなると、普段はなんの変哲もない住宅街である俺の近所はにわかにきらびやかになる。
それぞれの家が門や塀や庭にクリスマスイルミネーションを施すからだ。
うちはストレートタイプのライトを塀と門にちょこっとひっかけておくのと雪の結晶や小さなサンタクロースのモチーフを飾るくらいなので、まだ”まし”なほうだと言えるだろう。
三軒先の小林さんちなんか、テーマパークにある大きなツリーみたいなものを設置したりして、家の壁にはそりに乗ったサンタクロースがでかでかと光って存在をアピールしていて、わざわざ写真を撮りにやってくる人もいて、ちょっとした観光地なっちゃってる。
そりゃあ綺麗か綺麗じゃないかって言われたら綺麗だけど、毎年派手になっていくイルミネーションを見ると白けた気持ちになる自分もいたりして。
そもそもクリスマスってキリスト様の誕生日だろ?って思っちゃう。
俺が冷めているのは、プレゼントはサンタクロースがくれるわけじゃないって教えこまれているタイプの家庭の子供だからかもしれないし、或いは、クリスマスパーティーと言えば両親の会社の人たちがきてどんちゃん騒ぎをするってイメージだからかもしれない。

 

「あ、そうだ。陽太、あんたバイトしない?」

 

ドアに取りつけたリースの角度を調整しながら母さんが言った。リースの中央には、『Merry Christmas』という金色のプラスチック製の文字が踊っている。

 

「……バイト?」

 

怪訝な声がでたのは、やっと終わりが見えてきた飾りつけにホッと息を吐いているところだったからだ。
お見通しとでも言わんばかりに、

 

「いまじゃないわよ」

 

と母さんが言う。

 

「二十四日ね、ケーキ売りのアルバイトがあるのよ。サンタクロースの衣装を着てくれる小っちゃくて可愛い男の子を探してるんですって。ほら、桜川商店街のリリーズベーカリーってパン屋さん、うちも何度かクリスマスケーキ買ったことがあるでしょ?」

 

「いやだ」

 

即答したのは、面倒だったから――というよりも、”小っちゃくて”の部分に異議ありだったからだ。どうせ母さんのことだから、「お宅の息子さん、ブルーマーブルのアイドルなんですって? すごいわねー」とか褒められて、調子に乗って引き受けたに違いない。

 

「まあそう言わずに! お母さんにも付き合いがあるのよ。それに、四時から八時までの四時間で五千円もくれるんですって! もちろんケーキつき!」

 

「いーやーだ」

 

桜川商店街だと、学校のやつらに会う可能性もある。五千円は確かに魅力的だけど、サンタクロースの格好して「いらっしゃいませー」なんて言っている姿を見られたらなにを言われるかわかったものじゃない。

 

「……あら。仕方ないわね。陽太が嫌だって言うなら、ハルくん一人でやってもらうことになるわ。かわいそうだけど」

 

「……は?」

 

聞き慣れた名前にぽかんと口を開ける俺を見て、またまたお見通しだったらしい母さんがにっこり笑った。グロスを塗っているらしい唇が、てかてかしていて不気味だ。

 

「売り子さんが二人必要ってことだったから、潮田さんのおうちに連絡してみたのよ。そうしたら、ハルくんはやるって言ってくれたみたい。お母様も、社会勉強になっていいだろうって言ってくださってね」

 

開いた口を閉じることも忘れて突っ立っている俺に母さんは更に微笑んで、

 

「サンタクロースの赤いお洋服着たハルくん、可愛いでしょうねえ。確かあのパン屋さんには高校生の女の子のアルバイトもいたはずだから、モテモテでしょうねえ」

と言うのだった。

 


***

 


冬のハルを見つけるのは、すごく簡単。
ハルは最近、白いダッフルコートを着ている。真っ白というよりクリームがかった色なんだけど、黒とかグレーのコートを着ている人たちの中で、それはとても目立つ。
待ち合わせ場所である駅の改札からでてきたハルは俺を見つけて(俺のほうが先に見つけてるんだけど)、

 

「ヒナッ」

 

って小さく名前を呼びながら駆けてくる。ハルって犬みたい、と思うのはこういうときだ。目が合うといつでもこうやって、息を弾ませて寄ってくるのだ。走ってくるほどの距離じゃないのにさ。

 

「おーす」

 

「メリークリスマスッ イブッ」

 

目の前でいったんぴたっと止まったハルは、首を心持ち傾けてそう言う。走ったせいか寒さのせいか、頬の表面と鼻のてっぺんがほんのり赤くなっている。

 

「……おー」

 

クリスマス=大人たちの飲み会という図式で育ってきた俺には、その言葉を口にするのはなんとなく気恥ずかしく思われた。ハルは少し不服気に、

 

「なんだよう。おーって」

 

と言って頬を膨らませたけれど、すぐに

 

「アルバイトなんてはじめて。楽しみだな」

 

と言ってにこにこ笑っていた。単純なやつ、と思いながらまた、「おー」と答えた。個人的には全然楽しみじゃなかったけれど(寒いし、知り合いに見つかるかもって不安もあるし)、ハルが嬉しそうにしているもんだから相槌くらいは打っておかなきゃなっていう感じ。
平日の三時半。晴れの日でも、真冬のこの時間はもう日が傾きはじめている。スキップをしそうな勢いのハルと並んで歩きだした。
商店街は思っていたよりも賑わっていた。主婦っぽい女の人や、休みに入った学生ふうの若者。自転車の後ろに子供をのせたお母さんが、前カゴだけでなくハンドルにも買い物袋をぶら下げて走っている。はみでたねぎが青々としていた。
あちこちに張り巡らされた電飾を見上げる俺に、

 

「これ、夜になって全部ついたら綺麗だろうな」

 

とハルが言う。なにがそんなに楽しいんだってツッコミたくなるくらいの満面の笑みに対して、俺は無意識に眉間に皺を寄せた。

 

「俺、クリスマスのこういうの、苦手」

 

「え! なんでなんで! なんで!?」

 

ぼそっと呟いたせりふにハルが食い気味に被せてくる。そんなことは考えてみたこともないっていう、心底驚いた顔をしている。商店街はインストのクリスマスソングが繰り返し流れていて、その感じもなんだか物悲しくていやだ。

 

「……なんでも。――ほら、もうついたぞ、あそこ」

 

なんで、の「な」のかたちに口を開いていたハルは、俺が指した方向をそのままの表情で振り向いた。
”リリーズベーカリー”とカタカナで書いてある看板と、小さな店の前に設置された長机――トナカイの模様の布が掛けてある――とを交互に見て、

 

「わあ」

 

と感嘆のため息を漏らしている。感動するような店構えか?と訊ねる前に、「ヒナ早く早く」ってダウンの袖を引っ張られた。

 

「こんにちはー」

 

ガラスの扉を引いて中に入ると、温かい空気とともにふんわりと甘い香りが漂ってきた。一番手前の棚に、流行りのゆるキャラっぽいキャラクターパンが置いてある。手書きの値札や、レジ付近の壁に貼ってある色褪せた張り紙――『千円札が不足しています』――から、なんとなく視線を逸らした。
リリーズベーカリーは俺が生まれる前からこの商店街にあって、名前の通り普段はパン屋なのだが、クリスマスシーズンだけケーキを販売している。いちごののった、白い生クリームのデコレーションケーキだ。特に珍しくもないし、すごく美味しいってわけでもない、ふつうの。
レジに立っていたのは高校生のアルバイト――なんかじゃなく、ふっくらした丸い顔のおばちゃんだった。おばちゃん、というか、おばあちゃんとおばちゃんの間くらいだ。
俺を見て、

 

「あらまーヒナちゃん大きくなって!」

 

なんて言ってにっこり笑ったけれど、あいにく俺はおばちゃんのことをあまり覚えていなかった。
小さい頃は母さんと一緒にこの店にきたこともあるけれど、ここ数年はここでパンを買うどころか店の前を通ることすらほとんどない。母さんだって、日頃の買い物は商店街とは反対方向にあるスーパーで済ませているのだ。

 

「お久しぶりです。今日はお世話になります」

 

だから、妥当な挨拶だろうと考えてそう言ったのに、おばちゃんは驚いたように目をまるくしたあと、ぷっと吹きだして笑った。

 

「いやあねえ。そんな、大人みたいな立派な挨拶もできるようになっちゃったんだねえ」

 

レジからずんずんでてきたおばちゃんが、ばちんっ、と肩を叩く。よろけた俺を「わ、ヒナ大丈夫?」とハルが後ろから支える。
人が真面目に挨拶したのにけらけら笑っていた失礼なおばちゃんは、ハルを視界に捉えた瞬間ぴたりと笑うのを止め、ふたたび目をまるく大きく見開いた。

 

「まあまあ……ヒナちゃんアイドルになったって聞いたけど、そんな可愛らしい彼女までできちゃったの!すごいねえ、最近の子はませてるねえ」

 

「「え」」

 

と、俺とハルは同時に言い、目を合わせた。赤くなったのも、同時だった。だけど、ハルの場合は照れて赤くなったわけではなく、怒って赤くなったのだ。

 

「おばさん!違います!俺、男です!ヒナと同じブルーマーブルに通ってて、」

 

「ええっ。あらあら、それは失礼しました」

 

あらあら、とか、まあまあ、とか、二回繰り返すのはおばさんの特徴なのだろうか、と思った。俺の母さんは、まだあんまり言わない気がする(でも「あら」とか「やだ」とかはよく言うから、繰り返しだす日もそう遠くはないだろう)。

 

「あと、おばちゃん。俺アイドルになったわけじゃなくて、練習生になったんです」

 

言っても意味はないだろうな、と半分思いながら言った。
予想通り、言いたかったことがおばちゃんに通じるわけもなく、

 

「だけどアイドルの学校なんでしょ?じゃあアイドルになったようなもんじゃないの。あとでおばちゃんにもサインちょうだいね。じゃあ、可愛いアイドルたちにぴったりの服用意してあるから、ちょっと奥にきてくれる?」

 

にこにこした顔でそう言って俺たちを手招きした。
何度も洗濯して色褪せたみたいなうすピンクのエプロンをした後ろ姿に、俺たちは二人とも無言でついていった。

 

「……明日髪切りにいこうかな……。超短くしようかな……」

 

ちょっと長めに伸びた前髪を引っ張りながらハルが言う。
尖った唇――タコみたいに唇を突きだすのは、怒ったときのハルの癖だ――の先を人差し指でちょいっとつついて、

 

「気にすんな」

 

と言った。おばちゃんっていうのはああいうものなんだ、と。
ハルはよくわからないというふうに不服気な顔のままだったけれど、

 

「……俺は、ハルの髪、つやつやしてて、いいと思う。から、あんま、短いのは、アレかな。うん」

 

そう言ったら、「わかった」と素直にこっくり頷いた。

 


***

 


――陽太くんのおうち、サンタさんこないの?――

そう訊ねられたのは、まだ小学一年生のときだった。クラスメイトはたいていサンタクロースを信じていたし、また、信じこませる努力をしている親が多かったのだろう。子供たちの夢は壊されることなく、二十四日もしくは二十五日の朝には枕元にプレゼントがあるのが当たり前だったようだ。
うちは現実主義だった。プレゼントはもらえたけれど、あらかじめ親に伝えて買ってもらうものだから、枕元に……なんて経験は一度もない。
父さんと母さんが仕事をしたお金で買ってもらえるもの。それがクリスマスプレゼントだ。
その教え方に不満はない。それに、父さんも母さんもケチではないから、欲しいと言ったものが却下されることはなかった。
じゃあどうしてクリスマスがあんまり好きじゃないんだろう。
電飾で家を飾ることに、違和感を覚えるのはなぜなんだろう。

 

「可愛い売り子さんだこと! これなら今年はいつもの三倍売れそうだわ!」

 

サンタクロースの赤い衣装に身を包んだ俺とハルを見て、おばちゃんは大きな声でそう言った。三倍は大袈裟だろう、と思ったけれど、白いぼんぼりのついた赤い帽子をかぶっているハルは、まあ、ちょっと、可愛い。気がする。だぶだぶの袖は長くて、指先がちょろっとだけ袖口からでている。まあ、だから、子供っぽくて可愛いっていう意味ね。
店の奥から運びだしておもての長机に積み上げてみると、赤と白のしま模様のケーキの箱は思いのほかたくさんあった。俺は売る前から既に「これ余ったら廃棄処分なのかな」なんて縁起でもないことを考えていた。

 

「予約のお客さんもいるから、名前聞いて、この表と照らし合わせてお渡ししてね。お金は先に貰ってあるから」

 

バインダーに挟んである紙には、たぶんおばちゃんのものだろうと思われる字で”予約表”と書いてあった。いまどき手書きなんてアナログだなと思ったけれど、予約客はすごく少なくて、これなら書かなくても覚えられそうって数だった。

 

「電卓と、お釣りはここ。お金の管理はきちんとね。お年寄りのお客さんが多いから、大きな声でゆっくり話してあげてね、ヒナちゃん、ハルちゃん」

 

「はい」

 

と俺たちが返事をすると、おばちゃんはまるい笑顔で、

 

「可愛いサンタさんがいて、いいクリスマスだねえ」

 

とひとりごとみたいに言った。

 


午後四時。目の前を通りすぎていく人たちが、ちらちらっとこっちを見ていく。
面白いのは、ちらっと見るだけなのはだいたい若い人で、おばさんやおばあさんは、「あら可愛い」とか「アルバイト?」とかなにか一言話しかけてくるということだ。
一番にケーキを買っていってくれたのもおばあさんだった。
俺の血の繋がったおばあちゃんよりも、もっともっとおばあさん。しみと皺のある顔でにっこり微笑んで、

 

「おいくら?」

 

と、その小さな身体からでるのが不思議なボリュームの声で言った。耳が遠くなってくると、音量が調節できないみたい。
しかも、ケーキの前にはでかでかと(これもリリーズベーカリーのおばちゃんと手書きと思われる字で)、「ひとつ1200円」って書いてあるのに。

 

「あ、せ、千二百円です!」

 

寒さではなく緊張に、ぽうっと頬を赤くしたハルが言う。おばあさんはうんうんと細かく頷いて、

 

「いただこうかしらね。一つ」

 

と言った。斜め掛けした渋い茶色のかばんから小銭入れを取りだして、「えーっと? せん……? おいくら?」と言っている。ハルがもう一度、「千二百円です!」と言う。シュールなやりとりだ。
二千円を受け取って八百円を返して、「保冷剤はお付けしますか?」「え?」「おうちまでどれくらいかかりますか?」「ああ、おばあちゃんね、この近所なの」「あ、そうなんですか……あの、じゃあ保冷剤は……」「え?」という会話を繰り返し、「ありがとうございました」と見送るまでに十五分はかかった。

 

「大変なんだなあ。ものを売るって」

 

どきどきしているのか、胸元を抑えながらハルが言う。赤いサンタクロースの衣装は近くから見るほどに安っぽくてらてらしているし、ハルにも俺にも少しだけ大きくて肩のラインがずれている。

 

「まあ、大変だわな」

 

あんな小さなおばあさんが、ホールのケーキなんか買って帰ってどうするんだろう。おじいさんと食べるのだろうか。孫がきたりするのかな。
なんとなく、勝手に切ない気持ちになってぼんやりしてしまった俺の耳に、「でも嬉しいね」というハルの声が届いた。

 

「え?」

 

「おばあちゃん、ケーキ買って帰って、家族皆で食べるんだろうな。いいよな。クリスマスはやっぱ家族でケーキだよ!ヒナんちも、今日はケーキ?」

 

「……さあ。わかんね」

 

年末は忙しいし、平日だからたぶん会社の人たちを連れて帰ってくるだろうな、と思った。けど、そんなことを言ってハルにびっくりされるのも嫌だったので、それ以上なにも言わなかった。
皆が皆、クリスマスを家族で過ごすわけじゃないんだぜ、って、ハルに言ったってわからないんだろうな。

 

「――人も増えてきたし、ちょっと声だそうぜ。売れ残ったらいやだし」

 

「うん!がんばろう!おー!」

 

「……そういう声だしじゃないから。――リリーズベーカリーでーす!クリスマスケーキはいかがですかーっ」

 

ちょっとむしゃくしゃした気持ちで叫んだ。空を見上げると、夜がやってこようとしていた。いつのまにか、色とりどりの電飾が灯っている。
少しだけ不機嫌になった俺のようすに気付くわけもなく、「なるほど!」と小さく言ったハルが、「楽しいクリスマスにケーキはいかがですかーっ」と叫ぶ。
なんだそのアレンジ、と思いながら、二人で声をだした。

 


***

 


七時半の時点でも、ケーキはまだまだ残っていた。予約表の名前にはすべてバツ印ついている――つまり、予約客は皆引き取りにきてくれたのに、だ。
一時間おきに店からでてくるおばちゃんは、でもちっとも焦っていないようすで、「寒いでしょ」とか、「ちょっとくらいなら座ってもいいんだよ」なんて、俺たちのことばかり気にかけている。

 

「このケーキって、残ったぶんは明日も売るのかな?」

 

理由はわからないけれど、クリスマスのメインは二十五日より二十四日のクリスマス・イブと考えている人が多い。エンタメ番組でも、ケーキの売れ行きは二十五日になるとぐんと落ち込むと言っていた。
不安気に訊ねてくるハルに、

 

「だ、大丈夫だって!いまくらいの時間から、仕事終わりの人がケーキ買いにくるって!」

 

と俺が言ったのと同時に、にこにこしたおばちゃんが店からでてきた。
そして、

 

「可愛いサンタさんたち。今日はどうもありがとうね。もう店仕舞いにしようかね」

 

と、笑顔のまま言った。

 

「え、でも、八時までって約束……」

 

「寒くなってきたし、もういいよ。桜川商店街のほかのお店もぼちぼちと閉まるし、いまはアレでしょ、コンビニでも美味しいのが買えるし、若い人は有名なお店のケーキを予約してたりするからねえ」

 

「そんな、」

 

ことないです、とは言えなかった。実際、商店街自体のピークは六時くらいまでだったし、歩く人たちの中にはデパートやスーパーの袋を持っている人も少なくなかった。
ネットで注文してしまう人も多いし、おばちゃんの言う通り、地元の人がいまからケーキを買いにいくとしたら駅前のコンビニやスーパーを選ぶだろう。
黙る俺の隣で、ハルも眉を下げて黙っていた。
しかし、なにを思ったのかがばっと顔を上げると、

 

「お、俺!いまから友達とか、お姉ちゃんとか、お母さんとかに連絡してみます!まだケーキ買ってない知り合いいたら連れてきてって!」

 

と、早口で言った。俺もびっくりしたけれど、おばちゃんはもっとびっくりしたように忙しなく瞬きをしている。
すうっと通った鼻すじと、綺麗にカーブしたまつ毛。頬を上気させた横顔は、おばちゃんに「彼女」扱いされてもおかしくないくらい可愛いけれど、ただしょんぼりしているだけの俺より、ハルのほうがよっぽど男らしかった。
数秒間の沈黙ののち、おばちゃんが口元を抑えて肩を小刻みに揺らしだした。
まさか泣いちゃったのでは――と心配した瞬間、「あっはっは!」と周囲に響き渡りそうなくらい大声で笑ったので、俺もハルも驚いて一歩後ずさりした。

 

「格好いいサンタさんだねえ。大丈夫よ、ありがとうね」

 

おばちゃんが笑ったことで、俺たちは、俺たちにできることはないんだということがわかってしまった。

 

「お店ね、今月末で閉めるのよ。おばちゃんも、中でパン作ってるおじちゃんも、歳だからね」

 

俺とハルの肩に手を置いて、おばちゃんが言った。ずっしりした、温かな手だった。

 

「この間偶然ヒナちゃんのお母さんと道で会ったからそう話したら、最後のクリスマス、ぜひ手伝わせてほしいって言ってくれてね。それで、ヒナちゃんとハルちゃんにサンタさんになってもらったのよ」

 

なんて言ったらいいのかわからずに、俺もハルも黙っていた。

 

「ヒナちゃんのお母さん、会社用にって、毎年たくさんケーキ買ってくれてたのよ。優しいお母さんで、ヒナちゃんは幸せね」

 

驚きすぎて、「へっ!?」という変な声がでた。
おばちゃんはにこにこしたまま、俺とハルの頬をぺちぺちっと軽く叩いて、「つめたくなっちゃったねえ」と言った。

 


***

 


赤と白のしま模様の箱をぶら下げながら、駅を目指して歩いた。俺もハルも代金を払いたいと言ったけれど、おばちゃんは頑として受け取ってくれなかった。
そのかわり、アルバイト代の五千円は俺たちも受け取らないと言った。まあ、一人五千円じゃなく二人で五千円だったわけだけど、それでもね。
商店街の、中途半端に下りたシャッターからはみでている光が時折足元を照らすのが、なんだか侘しい。
まだ営業中の店もちらほらあるからか、インストのクリスマスソングは流れ続けていて、ぼんやりとしたあかりに溶けていくその微かな音色に胸がすうすうした。

 

「じゃ、今日はありがとな、ハル。気をつけて帰れよ。またレッスンでな」

 

「ん……」

 

俺の言葉に、改札の前でハルがひらひらと手を振る。
一つだけ貰うことにしたケーキの箱は、ハルの手に握られていた。おばちゃん曰く、俺の家には同じものがあるはずだから、だそうだ。
突然に明るくなった駅前の風景までなんだか切なく感じられた。チェーン店の居酒屋やカラオケボックスの近くに、スーツを着た人たちの姿がちらほらと見える。仕事帰りだろうか。皆一様に笑顔だ。
そうか。クリスマスって、「楽しくて当たり前」「嬉しくて当たり前」っていう感じがするから、苦手なんだ。
普段ならちょっとだけ切ないとか、腹が立つとかそういうことも、皆が楽しそうにしている前だとすごく惨めに思えたりするよな。だから、苦手なんだ。寂しいから――……

 

「ヒナ!」

 

そんなことを考えていた俺の目の前に、ハルの顔がぐいんと突きだされた。

 

「えっ!近っ!なんだよ!」

 

反射的に赤くなる俺なんかお構いなしに、ハルが腕をぎゅっと掴んでくる。改札を通る人たちが不思議そうな顔で俺たちを眺めている。

 

「ケーキ!これ、食べようよいまから!」

 

「え、でもハル――」

 

家でお父さんやお母さんが待ってるだろ――?
そう言おうとしたけれど、なぜか咄嗟に声がでなかった。おばちゃんの言ったことがほんとうなら、母さんは優しい母さんなのかもしれないけれど(実際、そうなんだろうけど)、いま家に帰っても誰もいないことは明らかだった。
だから、嬉しかった。ハルが腕を掴んでくれたことが、嬉しかった。

 

「でも、ハルんち、準備してるケーキあるだろ?」

 

だけど、俺ってこういうキャラだから、素直に「うん!」なんて言えない。

 

「あるけど、いい。俺、このケーキ、ヒナと二人で食べたい!」

 

サンタクロースの衣装を脱いだハルは、いつものように白いダッフルコートを着ていて、
それが、俺には、天使みたいに見えた。
クサすぎるしダサすぎるから、本人には言えないけれど。

 

「――ハル、サンタクロースって、信じる?」

 

掴まれた腕をいったんほどくようにして、今度は俺から手を繋ぎなおした。ハルの手のひらはつめたくて、なんだかきゅんとした。

 

「信じる。信じてる」

 

繋いだ手を見て少しだけ恥ずかしそうに笑いながら、ハルが言った。はにかむときに見える小さな白い歯。

 

「だって、幸せを運んできてくれるのがサンタさんだろ?だから、信じてる」

 

「……そーなの?」

 

どちらからともなく、俺たちは駅を背にして歩きだした。さっきは切なく映った光景――楽しそうな人たち。街のあかり――が、温かく見えるから不思議だ。俺って単純、と思うけど、これは、ハルパワーだな。

 

「そうだよ。俺いま、ちょー幸せだもん。クリスマスイブ、ヒナとはじめてのバイト!超楽しかった!楽しい気持ちはサンタさんからのプレゼントだ」

 

「なんだ。そりゃ」

 

つめたい手を繋いだまま、自分のダウンジャケットのポケットに入れた。少しでも温かくなって、二人で、少しでも長く歩けるように。
幸せをプレゼントしてくれるのがサンタクロースなら、
俺のサンタはたぶん……


続きは、
クサすぎるしダサすぎるし、告白みたいだから言えないけど。
でも、たぶん、ね。

 


Merry Christmas……

 

 

 

 

 

*end*

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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